ホリプロ・グループ・ホールディングス代表取締役社長CEOの堀義貴氏と、appare代表取締役の松田誠氏。“海外に飛びだす同志”というふたりを紹介する。

頂に向かう道は違えど
松田 最初にお会いしたのは、いつだったんでしょうね(笑)。
堀 たしかに全然、覚えていないですね(笑)。
松田 確実に記憶があるのは、2014年に、一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会を立ち上げる時、最初に堀さんのところに行ったことです。
堀 協会をつくるということだったので、いいじゃないですか、と伝えたら、理事をやってほしいと言われてびっくりして。
松田 でも、お引き受けくださって。
堀 日本の漫画やアニメ、ゲーム作品を舞台化して、2.5次元ミュージカルというジャンルを確立されたことは、素晴らしいことだと思っていました。
松田 ホリプロの堀さんといえば有名な方でしたが、僕にはビジネスのイメージが強かったんです。クールに世の中を見ている人なんじゃないかと。ところが、思った以上に情熱の人で。
堀 僕はてっきり松田さんは年上だと思っていたので、会ってみたら案外、若いんだな、と思ったんですよね(笑)。
松田 いえいえ、堀さんのほうが年上です。だから、お力をお借りしたい、と。実際には協会の活動然り、すごく見守っていただいた印象があります。
堀 所属俳優がお世話になっているので、僕も実際に舞台を観に行きましたが、パワフルですごいな、と思いましたね。
松田 そして堀さんといえば、早くからグローバルを志向されていたことに、改めて感服していたんです。『デスノート THE MUSICAL』の韓国初演は、もう10年以上前です。
堀 日本の市場は縮小する。また、単に日本のものを海外に持っていっても収益化は難しい。だったら、自分たちでつくってしまおうと考えたんです。
松田 脚本は英語、ブロードウェイで活躍している作曲家にお願いする。こんなことは普通の日本人はやりません。最初から世界なんだなと思ったんです。
堀 日本の作品で海外に行くなら漫画だと思いました。『デスノート』も、実写映画が海外でよく観られていたんですよね。
松田 僕も早くからグローバル化を考えていました。2008年にミュージカル『テニスの王子様』でアジア公演を行った際に大きな手応えがあって。
堀 コロナで日本のアニメへの世界の注目度は高まりました。今は大きなチャンスですよね。
松田 頂への登り方は違っても、勝手に同志だと思っています。
堀 頑張っていきましょう。

ホリプロ・グループ・ホールディングス 代表取締役社長CEO。1966年東京都生まれ。ニッポン放送を経て、1993年にホリプロ入社。『ハリー・ポッターと呪いの子』をはじめ海外ミュージカルの誘致に尽力するほか、海外でのミュージカル制作にも挑む。
松田 うれしいです。
堀 松田さんはこれまでずっと漫画原作を見極めてヒットさせてきた。年間の仕事量を聞いたときに、よくこんなにできるものだと思って。しかも現場に行くと、若いスタッフの方々が実に楽しそうにやっている。出版社やアニメ制作会社とのネットワークもあって、さすが情報も早い。だから、若いファンが獲得できる。
松田 僕が見習わなきゃいけないと思っているのは、堀さんの計画性です。僕は結構行き当たりばったりなんです。瞬間的に思ったことをやってしまう。堀さんは我慢するところ、仕掛けるところ、見据えるところなど、しっかり見極められている。
堀 いやいや、僕が強烈に覚えているのは、コロナ禍で国からサポートを受けたときの松田さんの熱いアクションでした。
松田 劇場に観客を入れることができなくなり、無観客での配信をしたんですが、最後のカーテンコールで誰もいない客席に俳優たちが頭を下げたんですね。懸命に稽古をしていましたから、その光景を見たときに心が締めつけられて。
堀 あのときから、演劇界もまとまったんですよね。
松田 ただ、グローバルを思考している人はまだ少ない。
堀 僕も自分が外れた後も、絶対にこのチャレンジを続けるよう、お願いしているんです。
松田 その道筋を作るのが、僕たち世代の最後の使命なのかもしれないです。今はNINJAエージェンシーとして忍者を演じることが出来るスキルを身につけたACTORを育成し世界に送り出すという、忍者文化を世界に発信していくプロジェクトに挑戦しています。日本にはたくさんの素晴らしいコンテンツがあると、世界の人に知って欲しいです。

appare代表取締役。1994年ネルケプランニング創立。日本2.5次元ミュージカル協会代表理事。日本の漫画やアニメ、ゲームを舞台化した同ジャンルを確立。国内外を舞台に、広くグローバルに展開する。

