日本を代表するファッションデザイナーの菊池武夫さんに、『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る。連載最終回。
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アイデアは枯れない
和田 アイデアは今もふつふつと湧き出るんですか(笑)。
菊池 昔と変わりませんね。一つだけ違うとすれば興奮度かな。以前は急に「うわー、これやりたい」と思いつくと、夜中でも完成させたいと動いていました。でも今はさすがにない(笑)。
和田 壁に貼ってあるデザイン画も格好いいですね。カーゴパンツですかね。
菊池 はい。アイデアはね、全然枯れることはない。歩いていて「これはほかにないな」なんて思いつくと、もう絶対にカタチにしたいと思います。
和田 散歩中に刺激を受ける?
菊池 24時間いつでも、場所も選びませんね。散歩中もそうだけど、テレビを見ていてもね。
和田 すごく羨ましい。やはり好きなことが仕事になっているからでしょうね。
菊池 それ、絶対ありますね。
和田 やっぱりね、世の中ってみんな個性なんですよ。「好き」というのが個性の原点なんだろうと思いますね。
菊池 この15年ぐらい、年を取ってもおしゃれしている人の数が、ものすごく増えていますね。
和田 なるほど。
菊池 ただ、自分の個性を活かすという意識は、まだ少し不足している気がします。
和田 なるほど。
菊池 個性がはまってくれば、どんな服でも、着崩してもちゃんと着ても、格好いいのかなと思いますけどね。
和田 本当は、年を取るほど個性的になるはずなんですよ。だってひとり一人、違った人生を経験してきているわけだから。
菊池 そうでしょうね。
和田 幅が広いのがお年寄りなんですよ。ファッションは、年を取った人がやりやすい自己主張だと思いますけどね。
菊池 そうでしょうね。
和田 日本は同調意識が強いので、お年寄りは個性的でファッショナブルなことを避けようとします。どうしても無難なほうへ流れてしまう。
菊池 そうですね。僕、学生のときに、ある俳優さんと渋谷ですれ違って「うわあ、この人格好いいなあ」と感激したことがあるんですよ。背が高くて、ロン毛で、いつもマントを着て、東大に入って、俳優になった……。
和田 天本英世さん!
菊池 そうです。
和田 『仮面ライダー』で死神博士やっていた人ですね。
菊池 そう。天本さんは「独自の世界を行く」っていうのが体から滲み出ていましたね。まだ若いのに顔を見たら結構老けてる。
和田 個性的でしたね。天本さん、スペインが好きで、何を考えるのもスペイン語で考えるという噂がありました。
菊池 不思議な人でした。
和田 自分の個性にはまれば、何をどう着ようが、おしゃれに見えるってことですよね。
菊池 そう。洋服を着るって、日常のことじゃないですか。だからやっぱり興味を絶やさないことが大事です。興味がなかったらどうにもできないから。
和田 そうですね。
菊池 格好いい人を見たら興味を持つ、という好奇心もあったほうがいいと思います。自分は格好よかったとしても「格好いい人がいるぞ」と意識すれば、おしゃれの感度も高まる。
和田 おしゃれに生きたいと思うことが大事なんですね。
菊池 はい。おしゃれって、服だけじゃありませんからね。
和田 グルメとか音楽とかも。やっぱり年を取っても魅力的な人って、生き方がおしゃれな人だと思うんですよ。「このおじいちゃんとご飯を食べたい」と思われるような人、いるでしょ。
菊池 生活を取り巻く、いろんなことに関心が高い人。
和田 僕はこれまで「ヨボヨボにならないで」とか「元気なお年寄りになりましょう」などと話してきましたが、今日、菊池さんに会って、「格好いいお年寄りになりましょう」と言うことに決めました(笑)。
今の自分にあったことを
菊池 年を取れば、嫌なこともあります。例えば、僕は歩くのがすごく速かったんです。今は普通に歩いている人に追い抜かれる。すごく腹が立つ(笑)。
和田 だけど、画家でも音楽家でも、年を取って作風が変わることはあるじゃないですか。その年になったからできた新しい作風というか。
菊池 はい。
和田 例えば仮に、菊池さん自身が今この年齢で着たい服を作ったとしたら「僕もそれを着たい」という同年代の方は多いと思うんですよ。
菊池 そうかもしれませんね。
和田 だって若い人は1学年90万人ぐらいしかいないのに、お年寄りは1学年に200万人以上もいるわけですから。
菊池 そうですよね。
和田 菊池さんの子どものころは、日本は貧乏でしたが、大人になってからは豊かになった。みんなおしゃれをして会社に行ったり、銀座に行ったりしている世代の人たちなんですよ。
菊池 幅があるから、人間的にも豊かですよね。
和田 まあ、体力とかは落ちますけどね。新たにわかること、気づくことも出てくるわけです。
菊池 たしかにね。落ちたら落ちたで、その範囲で興味のあることもあるし、若いときと違う目線っていうのも出てくるし。
和田 そう思います。
インスピレーションの出所
和田 インスピレーションはどんなふうに湧くんですか? よく言われる「湧く」とか「降りてくる」という感じですか。
菊池 そういうのとはちょっと違うかな。興味のあることは仕事といつも結びついているから、それは四六時中、いつ来るかわからないですね。
和田 常に吸収している感じですか?
菊池 いや、それもない。自然に入ってくるんです。それだけはね。例えば、好きな音楽はバンバン入ってくるでしょ。興味ないものは入ってこない。
和田 人間って、よくできていますよね。「物覚えが悪くなった」という人も、興味のあることは忘れない。興味のないことはさっさと忘れる(笑)。
菊池 (笑)。
和田 インスピレーションって自分だけでひらめくことではないんですよね。
菊池 刺激ですよ。
和田 人間って、頭の中にないものを作ることはできないんです。自分では「ひらめいた!」と思っていても、じつはなんらかの形で頭に入っていたんです。それが何かの刺激を受けたときに、頭の中でピュッとうまくつながる人とつながらない人がいるんですよ。仕事のことをいつも考えているとか、なんか作りたいなと考えている人のほうがつながりやすいんだと思いますね。
菊池 そうでしょうね。ずっとやっているとね、これはつまんないからこっちの方向でやろう、というような考えが自然にできてくるんです。それを転がしていくと、前と同じようなことにつながりそうなんだけど、そうではない。時間も経っているし、いろんなことを吸収しているし、目に入っているもの、脳に入ってるものが違うから、出方が違ってくるんですよ。
和田 面白いですね。
菊池 自分の経験のなかの「許容範囲」からしか出てこないんだと思いますね。
和田 脳の中には、自分が思い出せないものも含め、すごい量の情報が入っていますからね。キャパシティはとんでもなく広いのだと思います。
菊池 脳の中には、絵になって入っているんですかね。
和田 でしょうね。ほかにも音や言語、匂いや味、いろいろあるかもしれませんね。入り方は違うけど、入っている量は、差がないと僕は思っているんですよ。ところが、引き出される量には個人差がある。
菊池 年を取るほど経験があるから、たくさん入っている。
和田 仰る通りです。だから「年を取りゃダメになる」なんて思わずに、「年を取ってたくさん入っているんだから、それを活かそう」と思った方がいい。
菊池 確かにそうですね。またいい刺激をもらいました。
和田 今日はお忙しいところ、ありがとうございました。
菊池 こちらこそ、楽しかったです。
和田 棚に帽子がいっぱい。
菊池 どんなものが似合うか、ちょっと被ってみますか(笑)。
和田 ぜひ(笑)。
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ファッションデザイナー。1939年東京都生まれ。1970年にBIGI、1975年にMEN’S BIGI、1984年TAKEO KIKUCHIを設立。DCブランドブームの火つけ役。現在も、TAKEO KIKUCHIのクリエイティブディレクターとして精力的に活動している。
和田秀樹/Hideki Wada(右)
精神科医。1960年大阪市生まれ。東京大学医学部卒業。立命館大学生命科学部特任教授、和田秀樹こころと体のクリニック院長。老年医学の現場に携わるとともに、大学受験のオーソリティとしても知られる。『80歳の壁』『70歳の正解』など著書多数。