優勝争いのなかで先発ローテーションに定着して8勝。プロ5年目にして飛躍を遂げた巨人・井上温大(はると)がスターとなる前夜に迫った。
2024年シーズン8勝を挙げブレイク
毎年突然成績を伸ばす選手が出てくるプロ野球の世界。
2024年、セ・リーグで4年ぶりのリーグ優勝を果たした巨人で驚きの飛躍を遂げたのがプロ入り5年目の井上温大だ。
開幕当初はリリーフでの起用が多かったものの、6月以降は先発ローテーションの一角に定着。7月から8月にかけては5連勝を記録するなど25試合に登板して8勝5敗、防御率2.76という成績を残してチームの優勝にも大きく貢献したのだ。
さらにシーズンオフに行われたプレミア12でも故障で出場辞退した伊藤大海(日本ハム)に代わって追加招集されると、初戦のオーストラリア戦で先発を任されるなど3戦3勝という見事な代表デビューとなった。
スカウト陣が認める美しいフォーム
そんな井上は群馬県前橋市の出身で、中学時代は地元中学の軟式野球部に所属しており、特に注目されるような存在ではなかった。前橋商に進学後は2年夏に投手陣の一角に定着したが、3年春までは背番号10だった。
ようやくその名前が話題となり始めたのは、3年春の県大会で健大高崎を相手に好投を見せてからである。春から夏にかけてはさらに成長を遂げ、プロのスカウト陣からも名前が聞かれるような存在となった。
実際にそのピッチングを見ることができたのは3年夏の群馬大会初戦、対富岡高校戦だった。会場となった高崎城南球場に到着してまず驚かされたのが視察に訪れていたスカウト陣の数である。
後日の報道によると9球団、35人のスカウトが集結していたとのことだったが、その前で井上は見事な投球を見せる。
3回までは毎回走者を背負いながらも要所を抑えて無失点で切り抜けると、4回から3イニングはノーヒットピッチングを披露。最終的に8回を投げて1失点、6奪三振の好投でチームを勝利に導いたのだ。
当時のノートにも以下のようなメモが残っている。
「体つきはまだ頼りないがフォームの良さは抜群。ワインドアップで振りかぶるスタイルで、軸足が一本できれいに真っすぐ立った姿を見ただけでバランスの良さがうかがえる。
少しだけクロスにステップするが、そこまで極端ではなく体重移動もスムーズ。ステップの幅も程よく広く、下半身主導で腕が振れるのも長所。
肩の可動域が広く、肘の使い方にも柔らかさがあり、縦に鋭く腕が振れボールの角度も上背以上のものがある。
(中略)
ストレートは130キロ台中盤~後半だがまだまだ速くなりそうな雰囲気は十分。カーブで緩急をつけるのも上手く、スライダー、チェンジアップも操る。凄みはまだないが、体が大きくなれば一気に良くなりそう」
この日のストレートの最速は確認できた限りで139キロと、最近の高校生としてはかなり物足りない数字である。
ただそれでもスカウト陣が高く評価していたのがフォームの良さ。欠点らしい欠点は見当たらず、“美しい”と形容したくなるほどだった。
最近、当時巨人のスカウト部長を務めていた長谷川国利氏(現・東海大監督)に井上について話を聞く機会があったが、フォームの良さは素晴らしいものがあり、体さえできればボールの力もついてくる可能性が高いと判断したと話していた。
実際巨人は4位で指名しているが、この時点でのスピードではなくフォームの良さと将来性の評価だったことは確かだ。
菅野智之が抜けた先発争い。真価が問われる2025年
ただプロ入り後の井上は決して順風満帆だったわけではない。
2年目の2021年5月には左肘の手術を受け、オフには育成契約に変更。翌年7月に支配下登録に復帰したものの、2024年までは一軍で11試合に登板してわずか1勝にとどまっていた。
それでも高校3年時に67㎏だった体重は現在78㎏まで増え、それにともないスピードもアップ。2024年に登板した試合の多くでは最速150キロ以上をマークし、ストレートの平均球速も145キロを超えるまでになっている。
怪我を乗り越えてかなりのフィジカル強化に取り組んできたことは間違いないだろう。
巨人はこのオフに長年チームの先発を支えてきた菅野智之がメジャーに移籍しており、若手の底上げは必要不可欠である。
そういう意味でも井上にかかる期待は大きいだけに、2025年は開幕から先発ローテーションに定着し、さらに成長した投球を見せてくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。