見事な復活劇を見せている巨人・菅野智之がスターとなる前夜に迫った。
見事な復活劇、巨人優勝争いの要
2023年まで2年連続Bクラスに沈んでいたものの、2024年はここまで優勝争いを演じている巨人。
そんなチームにあって投手陣を牽引する活躍を見せているのが菅野智之だ。
これまで最多勝3回、最優秀防御率4回、最多奪三振2回など数々のタイトルを獲得。先発投手として最高の栄誉と言われる沢村賞にも二度輝くなどエースとして活躍していたが、過去3年間は低迷。2023年はプロ入り以来最低となる4勝に終わっている。
しかし2024年は開幕から好調をキープし、ここまで11勝2敗、防御率1.89という圧倒的な成績を残しているのだ(2024年8月15日終了時点)。
菅野の復活がなければ、巨人が優勝争いに加わることは難しかっただろう。
大学球界を代表する投手
そんな菅野は原辰徳前監督の甥ということは有名だが、早くから騒がれていた存在ではない。
東海大相模でも主戦となったのは2年秋からで、最終学年には注目の投手とはなっていたものの、一度も甲子園に出場することはできなかった。その才能が大きく花開いたのは東海大進学後だ。
1年秋から先発に定着すると5勝をマークしてベストナインを受賞。その後も成績を残し続け、リーグ戦通算37勝4敗という圧倒的な成績を残したのだ。
大学時代の菅野のピッチングはかなり多く見たが、特に印象に残っているのが3年春の開幕戦、帝京大との試合だ。
菅野は2回にヒットを許したものの、それ以外はほぼ完璧なピッチングを披露。最終的に被安打1、2四球、8奪三振で完封勝利をおさめている。
当時のノートには以下のようなメモが残っている。
「大柄だが(当時のプロフィールは185cm、86kg)、身のこなしが軽く、年々躍動感が増している印象。
左足が高く上がってもバランスが崩れず、体重移動にもスピードがある。下半身の力をしっかり使え、指先の感覚の良さも目立つ。顔の前でリリースすることができており、数字に見合ったボールの勢いがある。
少し力を入れると軽く140キロ台後半が出る馬力はさすが(この日の最速は150キロ)。テイクバックで肘がしっかり立ち、縦に腕が振れるので内角にも狙って速いボールが投げられる。
(中略)
大小2つのスライダーをしっかり投げ分け、コントロールも安定。中盤以降は110キロ前後の大きいカーブを交えて緩急もつける。
(中略)
後半は少し高めに浮くボールもあったが、最後まで球威が衰えず、スタミナも素晴らしい」
菅野はこの後、6月に行われた全日本大学野球選手権でも好投。チームを準優勝に導き、名実ともに大学球界を代表する投手となった。
ちなみに1学年上には斎藤佑樹(早稲田大→日本ハム)、大石達也(早稲田大→西武)、沢村拓一(中央大→巨人・現ロッテ)などの好投手も多かったが、安定感では菅野が上という印象だった。
輝かしい実績に裏打ちされた野球に対する姿勢
最終学年のシーズン前に雑誌の取材で長く話を聞く機会もあったが、その時に印象に残っているのは、実によく考えてプレーしているということだ。
正直、偉大な叔父の存在もあって才能でプレーしているというイメージを勝手に持っていたが、決してそんなことはなかった。
下級生の頃は緩いボールがなかったということについて触れると、そのためにカーブをマスターし、チェンジアップも練習しているが、あえて試合ではチェンジアップは封印していたという。
その理由について聞くと、安易に新たな球種を増やすと小手先で抑えて小さくまとまる恐れがあり、まずは今ある球種をしっかり磨くべきだと考えていると話していた。
またトレーニングなどについてもかなり勉強しているとのことで、翌年慶應大の福谷浩司(現中日)を取材した時に、大学日本代表で菅野の知識が豊富だということに驚かされたと話していた。
もう一つ、プロ入り前の菅野について印象深い出来事がある。
菅野は4年時のドラフトで巨人入りを熱望しながら抽選で日本ハムが引き当てたことで1年間の浪人を決意。大学に残って練習を続けていたが、春のリーグ戦ではスタンドから後輩の試合を見つめる姿があったのだ。
日本ハムへの入団を拒否したことは大きな話題となり、公の場に出ればあらゆる視線を浴びることになるだけに、わざわざ試合を見に来る必要はなかったはずだが、それでもしっかり学ぼうという意識が強く感じられた。
そういった姿勢が見事な復活劇の要因の一つと言えるのではないだろうか。
もし2024年菅野が沢村賞を受賞となれば、最年長記録を更新することとなるが、それも現実味を帯びてきている。
残りのシーズン、そして来年以降も長く巨人の主戦として活躍してくれることを期待したい。
■連載「スターたちの夜明け前」とは
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。