ビジネスは闘いだ。百戦錬磨の男たちは何を心の拠り所としてきたのだろうか――。9人の勝負師のパワーアイテムから、仕事との向き合い方を知る。今回は、バーテンダーの西田稔氏に話を聞いた。【特集 勝ち運アイテム】
Kがもたらす成功と繁栄。バーの矜持がそこにある
「僕の人生には、いつもアルファベットのKがあって、それが、よりよい選択へと導いてくれていると信じています」
そう話すのは西田稔氏。バーラバーなら誰もが知る、京都の「Bar K6」のマスターで伝説的バーテンダーだ。これまでに業態の違う数々のバーを立ち上げ、成功させてきた。すべての店名には「K」がつく。そこには幼い頃からのキングへの憧れと自身のジンクスがあった。
「幼い頃、初めてトランプを手にした時、キングのカードに強烈に惹きつけられたんです。堂々たる居ずまいへの憧れというか……。今も『あるじ』という言葉が好きで、それもキングへの思いかもしれません」
大学時代から飲食店で働き、店主に請われ9席だけのバーを開いた。名前をどうするかと迷った時に浮かんだのが「K」という文字だった。そして「バーはこうあるべき」と自らが思う理想を文章にすると、そこにいくつも「K」が登場した。
それが「バーに入る時は勇気が必要かもしれない。けれど、そこでは知識(knowledge)も名誉(kudos)も不要。誰もが王様(king)のように、世界一のダイヤ「コイヌール(Kohinoor)」や万華鏡(kaleidoscope)のような煌めくカクテルを楽しめる。心の鍵(key)で扉を開ければ、幸せな時が待っている。さあ、ここから新しい物語を始めよう」というものだった。
「K」が6個あるから、「K6」と決めた。バーはたちまち評判を呼び、全国からバーラバーが押し寄せた。この反響もあって、西田氏は、「K」のパワーや求心力をさらに確信した。
「K」のパワーが業界を席捲する
東京での経験を経て、1994年に30歳で自身のバー「Bar K6」を京都・二条に開業。その後は、業態の違うバーを手がけ、いずれの店も繁盛店にする。いつしか、「西田が開けばバーは必ず成功する」という「暗黙の伝説」が、業界に広まった。
2024年、名勝 円山公園内に開業した「Bar薫」は、ゆったりとした空間が贅沢な紹介制のバー。「何もない」がコンセプトで、メニュー数が少ない。
「たくさんあるカクテルやドリンクからひとつを選ぶ。そんなストレスから自身を解放していただきたいと思い、数品だけにしました。古くからこの地に湧く井戸水を用いたウイスキーの水割りと珈琲、中国茶だけです」
水割りというが、実は92℃のお湯をウイスキーに合わせたもの。身体にすっとなじむ温度にするため、1℃ずつ変えて試行錯誤を繰り返し、辿り着いた温度だという。口にすると、なめらかに喉を通り、豊潤な香りや味が広がっていく。店名の「薫」は、空気のように、水のように自然に入ってくる空間に漂う香のこと。やはり「K」だ。
2025年には静岡の3千坪の敷地内に、自身がプロデュースする「バー慶」を開業予定。有名料理人とのコラボもあるから、注目を集めそうだ。
「僕は飽きっぽいんです。ひとつの店をつくったらすぐに次の店がつくりたくなる。コンセプトの違う店をつくれば、違う人たちにも出会える。それも楽しく嬉しいことなんですよね」
そして、「終の棲家」的な店も構想していると言う。
「祇園にたった6席だけの日本酒バーを開きたい。店を開けるのはKのつく火曜日と金曜日だけ。店名は『六景』」。
2024年に開業30周年を迎えた「Bar K6」のグリーティングカードには、学生時代に綴った理想のバーへの思いが、英語で記されていた。
「初心を忘れず、Kを忘れず」
そんな西田氏の心の声が聞こえてきそうだ。
POWER ITEM|トランプのK
MINORU NISHIDA Steps in History
30歳|「Bar K6」開業
41歳|シャンパンバーやパティスリー、レストランバーなどを立ち上げる
50歳|「cave de K」、「Bar keller」開業
56歳|「K36 The Bar & Rooftop」をプロデュース
60歳|「Bar薫」開業
この記事はGOETHE 2025年2月号「総力特集:仕事を極めたトップランナーたちの勝ち運アイテム」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら