どこにいてもひと目でわかる、個性的な森田恭通流ファッション。すでに10代の頃から、人とは違う服や着こなしを好んでいたと話す。そんな森田氏が考えるスタンダード。そして今、気になるファッションとは。デザイナー森田恭通の連載「経営とは美の集積である。」Vol.51。
他人と違う個性的な服が、僕のスタンダード
ファッションが大好きで、とにかく洋服を買いたい一心で、アルバイトをしていた若い頃。10代後半にお洒落な友人の影響で、僕もファッションの扉を開けました。
当時は女の子にモテたくて、背伸びをしてヴェルサーチやアルマーニなどイタリアブランドの服を買っていました。ヴェルサーチが作るV字形シルエットのスーツがカッコよく、それを着てディスコに行くのが僕のスタイルでした。人があれっと振り返るようなウィットに富んだ服やバッグ、アクセサリーを身につけるのが僕のポリシーで、40年以上経った今もそこはブレていません(笑)。
僕が30代になった頃はディオールやサンローランが好まれていました。とくにイヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュのディレクターに就任し、グッチと同時にデザインをしていたトム・フォードの登場で、ファッションは大きな変換期に入った気がします。2000年にエディ・スリマンがディオールオムを発表すると、シャネルなどを手がけたカール・ラガーフェルドが細身のコレクションを着るために42㎏のハードなダイエットを行ったことはファッション業界では有名な話。彼らの作る服やそんなエピソードに、カルチャーショックを受けたものでした。
僕も30代半ばに海外でアワードを受賞する機会をいただくようになると、タキシードも必要となり、ニューヨークのトム フォードの店舗でオーダーしたのも思い出です。エレガントなタキシードの仕上がりが素晴らしかったと同時に、お値段も素晴らしいものでしたが(笑)。
日本のファッションで僕がこの人なしには語れないと思うのが、スタイリスト野口強さんです。今はプライベートでも仲良くさせていただいていますが、彼の選んだものを着ていれば間違いないと思っています。彼がディレクションしているマインデニムは履くたびに感動。パンツ幅、腰の位置など、その時代によって微妙な匙加減で微調整しているのが見事です。
そして50代となった今は、日本人デザイナーが手がける服ばかりを着ています。HUMAN MADEのNIGO®さんやkolorの阿部潤一さん、sacaiの阿部千登勢さん、谷正人さんのTHE TOKYOで扱われている日本人デザインナーの服など。僕の周りにはファッションに関わる錚々たる方がいらっしゃるので、彼らが手がける服だけでワードローブはいっぱいです。
さらに先日はこんな機会も。美容室で雑誌をめくっていた時にエンダースキーマという日本ブランドに出合ったのです。もともと靴屋さんだったそうで、バッグの底が靴底というユニークなデザイン。その遊び心に惚れこみ、色違いで揃えました。僕が気になって仕方がないのはウィットに富んだユーモラスなデザインや職人技のクオリティです。そして僕にとってのスタンダードは「それどこのですか?」と聞かれるアイテム。永遠にこれは変わらないものだと思います。
そして目下の悩みは、そんな僕の好みを理解し、価値観が似ている奥さんの存在です。僕らは別々のクローゼットを持ち、出かける前はお互いがその部屋で身支度を整えます。さあ、出かけようという時にお互いが同じブランドの服でかぶってしまい、たまに夫婦漫才のような出立ちになることもあります(笑)。
森田恭通/Yasumichi Morita
1967年生まれ。デザイナー、グラマラス代表。国内外で活躍する傍ら、2015年よりパリでの写真展を継続して開催するなど、アーティストとしても活動。オンラインサロン「森田商考会議所」を主宰。