食べることを愛してやまない森田恭通氏。美味しい料理とお酒の余韻に浸りながら、そのまま眠りにつけるオーベルジュは世界中、数えきれないほど訪れている。そんな森田氏が今後訪れてみたいオーベルジュ、そしてオーベルジュをデザインするなら。デザイナー森田恭通の連載「経営とは美の集積である。」Vol.48。
地方活性の切り札ともなる、オーベルジュの存在
南仏エクス=アン=プロヴァンスにある、240haの広大な敷地にぶどう畑と世界中のアートが点在する「シャトー・ラ・コスト」。その中にある宿泊施設「ヴィラ・ラ・コスト」は、いわゆるラグジュアリーホテルですが、アート、建築好きにとっては垂涎の地。YOSHII GALLERYの吉井和人さんにお誘いいただき、初めて出かけました。
設計は安藤忠雄さん。安藤さんが手がけたアートセンターを中心に、ぶどう畑の中にジャン・ヌーヴェルのワイン醸造所があるかと思えば、レンゾ・ピアノのアート展示場、さらにフランク・ゲーリーのミュージックパビリオンなどが。また展示されたアートも超一流で杉本博司やアイ・ウェイ・ウェイなどの作品が並びます。
なかでも僕が感動したのはアルゼンチン料理のレストラン「フランシス・マルマン」。薪で焼いた極上の肉料理が食べられるんです。ワイナリーだから、ワインのラインナップも言うことなし。「ヴィラ・ラ・コスト」には28室のヴィラ・スイートがあるので、僕にとっては“世界一のオーベルジュ”と呼びたい場所です。
僕には今、とても行ってみたい日本のオーベルジュが2軒あります。ひとつは富山の「レヴォ」。雪深い山奥にあるのですが、2010年から富山に暮らす谷口英司シェフが、敷地内でさまざまな野菜を育てながら、五感を刺激する料理を提供されるとのこと。もうひとつが北海道・余市の「SAGRA」。村井啓人シェフのイタリアンのオーベルジュです。余市は毎年仕事で訪れるので、近々滞在したいなと思っています。
オーベルジュは、シェフありきの宿泊施設を備えたレストラン。その土地と、その土地の厳選された食材に惚れた料理人が、わざわざ自分の料理を食べに来てくれるのならと、おもてなしの一環でシェフの居住空間を開放して提供したのが始まりといわれています。
これまでさまざまなところでオーベルジュの設計やインテリアのデザインをさせていただいていますが、次に手がけるとしたら、例えば伊勢・志摩・鳥羽。鮑や伊勢海老といった海の幸も豊富で素晴らしいロケーションのこの地に、コージーなオーベルジュをつくりたいですね。さらに青森や秋田。日本海のグレーがかった海や空はアイスランドでの旅を彷彿させ、ここでしか感じられない趣があります。もちろん食材や美味しい日本酒もあるので、オーベルジュには最良の地ではないでしょうか。
僕がデザインさせていただくとしたら、シェフの料理を食べるために訪れるという目線を忘れずに、その前後の時間を豊かにするスパやバーがあり、周りのロケーションも最大限に活かせるデザインでつくりたいです。
今はシェフ自らが地方に食材探しに出かけ、農家と契約をして、オリジナリティを追求しています。これからもっと食材や環境にこだわるシェフが出てくることでしょう。美食家たちがそこに出かけ、時間を気にせず料理を楽しむには、いい宿泊環境も求められると思うのです。
日本の食文化は世界に誇れるものだけに、オーベルジュは今後の起爆剤となる可能性を強く感じます。そこから地方の経済が回り、日本が元気になっていくことを願うばかりです。
森田恭通/Yasumichi Morita
1967年生まれ。デザイナー、グラマラス代表。国内外で活躍する傍ら、2015年よりパリでの写真展を継続して開催するなど、アーティストとしても活動。オンラインサロン「森田商考会議所」を主宰。