数多ある音楽、本、映画、漫画。選ぶのが難しいからこそ、カルチャーの目利きに最上級の1作品を厳選して語ってもらった。今回紹介するのは、映画研究者/批評家の北村匡平。【特集 最上級主義2024】
「食事を抜き風呂なし生活でも、CDを買ってくるりを聴いた」
「映画の専門学校を出た20歳の頃、深夜のカラオケ店でバイトをして、明け方、自宅まで徒歩30分の道のりでよく聴いたのがくるりの『ハイウェイ』。家賃3万2000円、風呂なし共同トイレの部屋に住んでいた時もよく聴いていました。一食抜いたり、100円のパンでしのいだりしてもCDを購入していたのは音楽が心の支えだったから。
夢はあってもまだ何も成し遂げていない。何者でもない。何も見えない。そんな僕をこの曲が励まし勇気づけてくれた。歌詞の主人公の“僕”は旅に出ようとする。何かでっかいことをしたいという気持ちが高まると一人称が"俺"に変わる。モラトリアム特有のリアリティがあり、静かなロックなのに、気持ちが高揚。この曲は僕の歩くテンポにぴったりでした。
アルバイトで得たお金でアジアを旅した時、カンボジアのシアヌークビルのビーチで、ゴミ拾いをして生計を立てる中学生くらいの少女にこう言われました。“夢のあるあなたが羨ましい。私たちは学校にも通えない”と。
この時に初めて自分の貧しさなど甘いと気づかされました。僕は世界や社会に対してあまりにも無知だった。この時の衝撃で心を塞ぎこみ、帰国後しばらく部屋にこもる日々が続きました。やがて学びたい欲求が溢れ、勉強しなおして大学に入ったのは27歳の時。
今でも原稿に煮詰まった時に聴くと、新しいアイデアが生まれることがあります」
この記事はGOETHE 2024年2月号「総力特集:最上級主義 2024」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら ▶︎▶︎特集のみ購入(¥499)はこちら