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2023.10.13

【くるり】約20年ぶりに創設メンバー3人でアルバムを作った理由「昔できなかったものができた」

ロックバンド「くるり」のアルバム制作現場に密着した映画『くるりのえいが』が絶賛公開されている。オリジナルメンバーである森信行が参加していることでも話題となっている本作について、岸田繁、佐藤征史、そして森信行にインタビュー。前後編でお届けする。前編はオリジナルメンバー3人が再び集まった理由を探る。

くるり

『くるりのえいが』が目撃するオリジナルメンバーだからこそ生まれたサウンド

『くるりのえいが』は去る10月4日にリリースされたニューアルバム『感覚は道標』の制作過程を収めたドキュメンタリーであるが、単に一バンドの新譜を巡る記録映像ではない。道標というタイトルが示すように、1996年、大学の音楽サークルで結成されたくるりが、40代後半に差しかかり、オリジナルメンバー3人が約20年ぶりに再集結し、新しい音を生み出す誕生の瞬間を収めたものである。

四半世紀、日本の音楽シーンの最前線を歩み続けたくるりが、熟年期を迎えてなお、模索する領域を指し示す。シンプルに音楽映画としても楽しいが、ミドルエイジのキャリア形成へのチャレンジという示唆あふれる題材をも扱っている。

岸田繁、佐藤征史、そして約20年ぶりにくるりに戻ってきた森信行に『くるりのえいが』を通して見つめ直したこと、アルバム『感覚は道標』を作り終えて発見したことを聞いた。

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――くるりが約20年ぶりにオリジナルメンバーで集まって、アルバム『感覚は道標』を作りました。映画の中で、岸田さんが佐藤さん、森さんにメジャーデビュー曲である「東京」や「ばらの花」をどうやって作ったのかと聞く場面がありますが、今回、初期衝動を再確認するということは重要なことだったのでしょうか。

岸田 取材を受けている中で、ちょっとずつ考えの違うことを言っていると思うんですが、今日、僕が思うのは、3人が集まれば、結成当時の関係性にすぐに戻る。そのことで、ノスタルジーも生みますし、同窓会的な感覚もあります。けれど今回、それ以上に意識したのは、くるりはまだ続いているバンドで、昔を知っていた人にももちろん聴いてほしいけども、改めて新しいお客さんをつかみたいということ。

これまでくるりを聴いたことのない人に、今から作る曲を聴いてほしい。そのためには何がベストであるかを考えたら、その原動力として、くるりを立ち上げたときの関係性に自分たちを寄せていく感覚が必要だった。と同時に、1996年の結成からだいぶ時が経って、お互い成長もしていますから、変わった部分もたぐり寄せていきたいと。

岸田、佐藤、森の3人で集まって、3あるものから4にするんじゃなくて、また0から、作り手として共有するやり方を今回は選びました。そのやり方がこの映画で描かれていることだと思います。

くるり
岸田繁/Shigeru Kishida
1976年京都府生まれ。作曲家。くるりのボーカリスト/ギタリスト。『まほろ駅前多田便利軒』をはじめ『ちひろさん』、リラックマシリーズなどの劇伴音楽制作のほか、交響曲などの管弦楽作品や電子音楽作品、楽曲プロデュースも手がけている。

 僕がくるりにいた期間は、1996年の結成から2002年までの6年ほどです。その後もくるりはずっと続いていますけど、僕にとっては、僕がいた時期がくるりという認識なんですね。なのでアルバム制作時はその時の感覚を思い出しながらドラムを叩いていました。

くるりのメンバーだった当時はいろんなアイデアがあったんですけど、どうしても、スキルがなかったり、アイデア不足だったりして、成立しないで、端っこの方に置かれたままになっていたような感じの曲がありました。でも、今回は、そういう曲に面白い輝きを見出して、ちゃんと成立させられるようになったんです。お互いに重ねた年月の中で得てきた新しい要素が加わって、昔やってもできなかったものが、今回はちゃんとできたという不思議な感覚ですね。あのときは、こういうことをやりたかったんだなっていうのを、今になって再確認しました。

佐藤 もっくんと20年ぶりに一緒にやることになったのって、映画の企画が立ち上がり、アルバム1枚を制作するということになったこととは関係していますが、この映画の話がなくても、いずれは一緒にやっていたことだと思うんですよね。それはバンドの代謝といいますか、ずっと同じもんを食べるんじゃなく、いろんなもんを食べた方が違うものが見えたりすることと繋がっています。

もっくんとは久しぶりに会っても、再会した時点からバンドになれる感覚は、たぶん3人みんなにあると思うんです。繁くんと僕は1度もっくんとは別れましたけど、別に昔のやり方を否定しているわけではなく、そこから今まで残ってきたものもたくさんあります。学生の頃は本当に遊びの延長線上っていうだけでやっていて、周囲の大人たちに怒られたりもしたんですけど、でも、今、そういうことをまたやってもいいんじゃないかって思ったんです。

3人での音楽制作は久しぶりですけど、例えばドラムに対して、以前はもっくんにどういうことを思いながら叩いているのか、そういうことを聞く機会はなかった。でも、今回のアルバム制作の期間中は、そういう話もできて、いい時間だったなって思います。

――くるりの音楽制作にはいろんな都市伝説が伝わっていて、レコーディングはすごいストイックだとか音楽性に厳しいなどとの噂があります。けれど『くるりのえいが』を観ていると、音楽作りにおいて、3人が3人、ずっと笑っていて、怒られるかも知れませんがそこが意外だったところです。もうひとつ、印象的だったのが、「ちょっとラテン風にしてみようか」というざっくりした認識だけで、せーので3人が音を出し合って、すぐにセッションが成立すること。昨今の若い世代のバンドは、コンポーザーがパソコンのソフトでそれぞれの楽器の音をすべて打ち込みで作ることが多く、こういう何が出てくるかわからない音の出し方を捉える風景は、次世代の音楽シーンにはもうなくなるかもしれないと興味深く見ました。セッションシーンが多く記録されているのは、次世代に向けて、映画に残すべきだということからでしょうか。

岸田 そこに対する使命感は特にないんですが、新しい技術が生まれると、前の技術って捨てられていくものなので、僕らの上の世代の人が使っていた音楽制作や録音の技術もなくなっているんですよね。自分としては残してくれるとありがたいと思う部分はもちろんあります。なので『くるりのえいが』が、新しく音楽を始められる方たちにとって、なにかの折に参考として引っ張り出すアーカイブのひとつになるとしたら、よかったなっていう感じもあります。

僕らも打ち込みで作る曲や、譜面として全部作ってそれをプレイヤーに渡して演奏することもあります。音楽業界の状況から、アマチュアバンドだけでなく、プロの現場でも、合理的にできるだけコストを抑えて作る時代ですから。今後、スタジオにこもってセッションをやるということもなくなっていく流れだと思いますが、今回『感覚は道標』をすべてセッションで作ることができたのはよかったと思っています。

佐藤 自分たちは、他の同世代のバンドがどういう風に制作しているのか、知りませんからね。他のバンドの人たちがみんなどういうことをやっているのか知らない状態で、自分たちの制作のひとつのやりかたを映画で見せるっていうのは、恥ずかしさもあります。“何やってんねん、あいつら”って思われるかもしれません(笑)。それは観ていただいた方のご意見というか、感想を聞かないとわからないですね。

くるり
佐藤征史/Masashi Sato
1977年京都府生まれ。くるりのベーシスト。数多くのミュージシャンのレコーディングへ参加し、ツアーサポートなどでも活躍。室内楽からサイケ・オルタナ・フォークまでさまざまな要素をリズム&ブルース・マナーで演奏。

レコーディングもソングライティングもトライアンドエラー

――3人それぞれ1本の指で、同時にピアノの鍵盤を叩いて音を奏でる場面もありましたが、リズムと音が尖っていて、これは映像を通さないと音源だけではわからない、面白い作り方だと思いました。

佐藤 でも、出来た音源では結局、ひとりで弾いているんですよ(笑)。3人ではリズムがあわなくて。

岸田 アルバムの「朝顔」という曲のイントロなんですが、映画に収録されているように、3人で試してみないと、できなかった曲です。最終的には僕がひとりで弾いたんですけど、レコーディングやソングライティングってトライアンドエラーなんですよね。クックパッドにあるレシピみたいに最初から最後までプランが書いてあるような楽曲を作ることは、それはそれですごく好きなんです。レシピがあると、プレイヤーが曲の意図を読み取りやすくて、このフレーズにはどんな意味があるんだろうなと考える人たちがプレイしてくれると、すごく完成度が高いものになるのは明らかなので。たぶん、ほとんどのミュージシャンがその方法をとっているのかもしれません。

ただ、僕の性格もあると思うんですけど、ちょっといい加減なものも好きなんです。どちらかというといい加減な方なので、予定調和でないものが入ってきた時に、それをどう面白がれるか、それが原動力でもあります。レシピがない分、踏み出す時は楽しいけど、まとめる時は大変です。そうなってくると、頭を抱えることが多いので、たぶんそれで、ストイックなイメージみたいな感じがついたんでしょうね。

――くるりのアルバムを聴く楽しみは、細かい音が重なった厚みにあります。いろんな音が散りばめられているので、ライブでどう再現されるんだろうという楽しみも。

佐藤 3人でやっている時からあんまりライブでの再現を考えて制作はしてないですね。特に1枚目のアルバム『さよならストレンジャー』は3人だけの演奏が多かったですけど、2枚目のアルバム『図鑑』は本当に色んな音を重ねています。いつもライブのときに、人を増やすとか、1人何役するか、考えていますね。

――「In Your Life」のギターリフを、伊豆のスタジオだけでなく、京都のスタジオでも、延々と繰り返し作られていて、こんなにも何回も音を録り直すんだなと驚きましたし、本当に潤沢な時間で作られているんだなと思いました。

佐藤 ちょっと贅沢に思うかもしれないですけど、録った環境で聴くのと、違う場所で聴くということでは、聴こえ方が変わるじゃないですか。こっちの環境のほうがいい音色かもしれないと、違うスタジオで録ってみてたり。他の曲も、音色だけじゃなくて、曲のテイクであったり、編集であったり、別テイクも含めて何回もやる方なんですよ、自分たちって。アルバムのレコーディングの最初の時期に録ったものが、アルバムの最後の作業の工程になって、納得できないからもう1回録り直すとか、そういうことは割と昔からやっていたバンドだと思います。

――くるりのサウンドはリズムがすごく重要で、ギターのリフはエレジーだけれど、ラテンのビートが途中で入ってきたりなど、なぜ、こんな構成になるのかわからない面白さがあります。映画を観ると、リズムについて打ち合わせをしている場面がなく、ほとんどの裁量が森さんに任されているようなのですが、どうやってリズムを決めていますか。

 そこは反射神経というか、『感覚は道標』というアルバムのタイトル通り、もう感覚ですね。“せーの”でぱっと音が来たとき、自分なりの答えをフィーリングで返すみたいな。そこは自分の解釈で叩くんですが、それが面白くハマった感じが今回は多かったのかもしれません。好きで聴いている音楽も僕らはバラバラなんですけど、最大公約数みたいな、共通して好きなものがあったりして。そこでアンテナのチューニングがピッとあって、曲になっていくみたいな。

映画にあるように、音を合わせる前のひと言は“こんな雰囲気で”とざっくりとしてます。“ラテン的な”あるいは“60年代的な”というように、“的な”感じを自分の体を通して出していくんです。ひょっとすると今の時代感が勝手にくっついていたのかもしれませんが、そういうやりとりが面白かったですね。

くるり
森信行/Nobuyuki Mori
1975年徳島県生まれ、兵庫県育ち。1998年くるりのドラマーとしてメジャーデビュー。2002年脱退後、さまざまなミュージシャン、バンドのメンバー、サポートとして活躍中。

#後編に続く

『くるりのえいが』
『くるりのえいが』
2023/日本 
監督:佐渡岳利 
出演:くるり(岸田繁、佐藤征史、森信行)
配給:KADOKAWA
2023年10月13日(金)より全国劇場3週間限定公開&デジタル配信
©2023「くるりのえいが」Film Partners

TEXT=金原由佳

PHOTOGRAPH=鈴木規仁

STYLING=森川雅代

HAIR&MAKE-UP=川島享子

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