戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」28回目。
野村克也のフォア・ザ・チーム精神をはかる基準とは
来たる2024年、大谷翔平は10年総額1045億円でエンゼルスからドジャースへ移籍することになった。
2023年は、135試合に出場し、151安打で打率.304、44本塁打(本塁打王)、95打点。投手としては23試合(投球回132)10勝5敗、防御率3.14。史上初の「2度目の満票MVP」に選出された。
大谷翔平の「二刀流」のすごさは今さら言うまでもないが、特筆すべきは、大谷の存在が長年にわたる野球のルールを変更させたことだ。
日本では1975年からDH制度が採用されているが、大谷の活躍によってベストナインの投票規定が変更された。2016年より投手と指名打者の重複投票が可能になり、DH制度導入42年目にして投手とDHの2つで大谷は初めてベストナインに同時選出されている。
日本以上に歴史が古いメジャーリーグでも同様だ。2022年から採用された、いわゆる「大谷ルール」は、先発投手が指名打者(DH)を兼務できるというものだ。
投手の代わりに打席に立つ指名打者は、相手先発投手に対して少なくとも一度は打撃を完了しないといけない。試合途中で投手がそのまま打席に入ったり、守備位置についた場合には、指名打者が解除される。
本来、先発投手と指名打者はそれぞれ別の選手なのだが、「大谷ルール」採用によって「先発投手自身が打つ場合には別々の2人として考えることができる」ようになった。すなわち、先発を降板した後も指名打者として試合に残ることが可能になったのである。
それにも増してすごいことがある。
大谷は投手として登板しても、出塁するや二塁盗塁、三塁盗塁を企てることだ。2021年から26盗塁、11盗塁、20盗塁をマークした。
疲労やケガの危険性を顧みず、チームの得点のために、1つでも前の塁を狙っている。大谷がいかに勝ちにこだわっているかを物語っている。
チームのために「準備する」
野村はつねづね口にしていた。
「フォア・ザ・チームが一番現れるのは盗塁を含めた走塁であり、野球のセンスが一番現れるのも盗塁を含めた走塁だ」
野球は状況判断のスポーツだが、状況判断が特に求められるのは走塁の時である。
あらゆる状況を想像して、どういう動きをしうればスムーズに事が運ぶか準備しておくことが必要になる。打球が飛んでから、考えて動いていては遅いのだ。
例えば自分が二塁走者だとする。内野ゴロが自分の右側(三塁側)に飛んだら二塁にストップ、左側(一塁側)なら三塁へ進むがセオリーだ。
さらに、打球がどこに落ちたら本塁に突っ込むべきなのか。外野手の肩の強さも頭に入れて、シミュレーションしておかなければならない。わかりやすく言えば、ライトにイチローのような強肩外野手が守っていたらたいていの場合は自重すべきである。
野球における監督・コーチの采配である「ベンチワーク」は、スコアリングポジション(得点圏)にいかに走者を進めるかが重要だ。しかし、走者が二塁まで行けば、ベンチの指示がなくてもシングルヒットで本塁に生還できる。
送りバントだとアウトと引き換えで「一死二塁」となるが、二塁盗塁が成功すれば「無死二塁」でチャンスは一気に拡大するのだ。
盗塁成功の確率を高めるには、投手のクセや牽制のタイミングをつかんでおく備えが必須となる。
「野球は8割が備えで決まる」
野村の野球は、「準備野球」とも言われている。体調管理、相手の分析だ。
野村は南海(現・ソフトバンク)を皮切りに、ヤクルト、阪神、楽天と監督を歴任した。その考えは球界に浸透し、最近では大事な試合の前に、選手がこぞって口にする。
「準備をしっかりして、試合に臨みたいと思います」
三塁走者だった投手・福士の本塁突入
さかのぼること1972年オフ、37歳のベテランになって力の衰えてきた長嶋茂雄の後釜として、巨人の監督・川上哲治は、野村(当時・南海監督)にトレードを申し込んだ。
富田勝(南海)の交換要員は投手・山内新一(当時・巨人)と投手・福士敬章(当時・巨人)。野村はトレード当初、福士を敗戦処理投手程度にしか考えていなかった。
しかしペナントレース前のオープン戦、三塁走者だった福士は内野ゴロで本塁に突入した。調整目的の試合なのに、投手である福士が野手顔負けの激しいスライディングを敢行したのである。
「1つでも前の塁に進みたい。チームのために貢献したい。その気概を買って、ワシは福士をすぐに先発ローテーションに組み込んだ」
その1973年、山内は20勝、前年0勝だった福士も7勝を挙げ、野村は兼任監督4年目にして初の優勝の美酒に酔った。V9巨人と南海は日本シリーズであいまみえるのである。
盗塁を含む走塁がいかにチームに貢献するか、また「フォア・ザ・チーム」なのか。大谷翔平の盗塁にしても、福士敬章の走塁にしても、それを象徴するエピソードである。
まとめ
「フォア・ザ・チーム」という言葉がある。野球の「投げる」「守る」「打つ」「走る」の中で、盗塁を含めた走塁に、それが一番現れる。会社の業務では何にあたるのか。考えてみるのも面白い。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。