PERSON

2023.10.11

野村克也の後悔​。田中将大は本格派か技巧派か  

戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」17回目。

野村克也連載第17回/「失敗」と書いて「せいちょう」と読む

「スピードよりコントロール」は、わかっていたのに…… 

マー君こと田中将大(楽天)は2022年まで日米通算16年で190勝102敗。今季7勝11敗(2023年10月3日現在=今季の成績は以下同日まで)で197勝113敗。産みの苦しみが続くとはいえ、名球会入りまで残り3勝に迫っている。

思えば2006年のドラフトで、野村・楽天が田中を引き当て、手塩にかけて育ててきた。田中は2007年、新人ながら150キロのストレートとスライダーを武器にして、1999年松坂大輔(西武)以来の高卒新人2ケタ勝利を挙げた(11勝)。

プロ2年目を迎えるにあたって、野村は問うた。

「マー君、今季の目標は何だい?」

「ストレートで空振りの三振をたくさん奪いたいです」

プロ1年目の奪三振数は、ダルビッシュ有(日本ハム)の210個に次ぐ、196個で2位。そう思うのも無理はない。

結果、2年目は9勝止まり。好投手にとって2ケタ勝利か否かは雲泥の差である。野村は自分が導くべきだったと悔いた。

投手は「スピード」より「コントロール」が大事だ。野村は捕手として27年間、打者をマスク越しに見てきた。

19歳という若さに可能性を感じ、野村は田中の希望につい賛同してしまったのである。田中が3年目を迎えるとき、野村は聞いた。

「150キロのど真ん中と、130キロの外角低め。どちらが安打を打たれづらいと思う?」

「外角低めの130キロです」

「わかってくれたか。ワシが間違っていた。もう一度、コントロールを追求してみないか」

球のスピードを上げようとすると、力みにつながって投球フォームを崩す。逆にコントロールの精度を高める投球に取り組むと、バランスのいい投球フォームから、生きた球が投じられるのだ。

その後、田中はプロ3年目から11年連続2ケタ勝利をマークする。2012年には念願の「最多奪三振」のタイトルを獲得し、2013年には驚異のシーズン24勝0敗もマーク。楽天創設以来の初優勝の原動力になった。

「マー君は速球・パワー系の本格派ではなく、技巧派」

田中は失敗を生かした。失敗は成功の母なのだ。野村は言う。

「失敗と書いて、せいちょうと読む」

大連敗の失敗を価値ある勝利に転換 

2022年の失敗を、2023年の成長に一番つなげたのは、隅田知一郎(西武)ではないだろうか。

2022年3月26日プロ初登板、ベルーナドームでのオリックス戦。150キロを超えるストレートとチェンジアップを武器に、7回無失点で初勝利を挙げた。さすが4球団競合ドラフト1位の逸材と周囲をうならせた。

しかし、ここぞの場面で甘くなるコントロールのため、初登板以降10連敗。あれよあれよという間に、デビュー1年目にして、いきなり球団シーズン最多連敗記録をつくってしまった(2022年1勝10敗)。その苦い経験を生かし、2023年は9勝10敗。もう少しのところで2ケタ勝利だった。

2022年の隅田のように、負けても2軍落ちせず、続けて首脳陣にマウンドに送られるということは、裏を返せば「ある程度、いい投球をしている」ということ。問題はそれを活かせるか否か。

例えば、往年の大投手・梶本隆夫は、阪急(現・オリックス)の球団記録「シーズン15連敗」を持つ。通算で255敗しているが、通算254勝をマークした。

そして、日本プロ野球記録18連敗を喫した1998年のロッテ。この18連敗のうち、2敗を記録した投手・薮田安彦はその年、個人としてもシーズン8連敗という負の球団記録をつくってしまった。だが、2007年には38ホールドポイントで最優秀中継ぎのタイトルを獲得、勝利の方程式の「定数」として活躍した。

実に3年にわたり28連敗という、とてつもない大連敗記録をつくった権藤正利(大洋=現・DeNAほか)も、失敗を価値ある勝利へと変換した好例だ。大連敗の失敗を生かし、1959年の0勝1敗から翌年には12勝5敗と飛躍し、大洋の“最下位から優勝”に貢献した。通算でも117勝を挙げている。

ドラマチックな「最下位からの優勝」

失敗を活かし、「最下位から翌年の優勝」は過去7チームある。

先述の1960年三原脩率いる大洋は、6年連続最下位からの優勝で「三原マジック」と呼ばれた。1975年古葉竹識・広島は、3年連続最下位から球団創設26年目の初優勝。1976年長嶋茂雄・巨人は、球団史上初の最下位から劇的な優勝だった。2001年梨田昌孝・近鉄は、北川博敏が奇跡の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打を放って優勝。2015年真中満・ヤクルトは、山田哲人がトリプルスリーを記録し、打ち勝った。

2021年・2022年高津臣吾率いるヤクルトは、2年連続最下位から2年連続優勝。2021年・2022年・2023年中嶋聡率いるオリックスは、2年連続最下位から3年連続優勝だ。もっと言えば、オリックスは1996年以来四半世紀、12球団でもっとも優勝から遠ざかるチームであった。中嶋が、暗黒時代の失敗を糧に、山本由伸をはじめとする強力投手陣を形成し、黄金時代を築き上げたのである。

そして岡田彰布率いる阪神は2005年以来18年ぶりの優勝で、今季勝利の美酒に酔った。1998年以来、やはり四半世紀も優勝から遠ざかっているDeNAが、「失敗と書いて“せいちょう”と読む」ことを期待する。

まとめ
失敗をそのまま終わらせておくのでは、また失敗を繰り返すだけで意味がない。重要なのは、失敗をきちんと「失敗」だと認めることだ。失敗には必ず原因がある。その原因を追求すれば、必ずや成功につながる糧となる。

著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。

TEXT=中街秀正

PHOTOGRAPH=毎日新聞社/アフロ

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