PERSON

2023.09.03

「すべてを説明しようとするな!」やしきたかじんに教えられた、TVコメント術【岸博幸】 

2006年、経産省を退官した岸博幸氏は、“脱藩官僚“として、テレビの討論番組などに出演するようになる。そこで出会ったのが、2014年に他界したタレント、やしきたかじん氏だ。岸氏が、「あんなに学び甲斐いがある人はいない」と評するやしき氏の教えとは。

テレビではマジメにしゃべる必要なし

2008年、江田憲司氏や高橋洋一氏らと共に「官僚国家日本を変える元官僚の会」を設立した岸氏。そのつもりはなかったものの、当時"脱藩官僚"がマスコミで脚光を浴びていたこともあり、テレビの討論番組などに出演するようになる。

「当たり前のことですが、それまでテレビに出たことなんてないわけだから、トークが全然なっていなかったんですよ。役人はダラダラとしゃべるクセがついているのか、自分でもうまく話せなかった自覚があって、テレビなんて出るもんじゃないなと思っていたくらいです」

ところが、本人の意に反してさまざまな番組から声がかかるようになる。そのひとつが、関西の大物タレント、やしきたかじん氏がMCを務める政治バラエティショー、『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ。現『そこまで言って委員会NP』)だ。

「ゲストとして出演して、好き勝手なことをしゃべっていたら、どういうわけだか、たかじんさんがおもしろがってくれまして。その後、ちょこちょこ声をかけていただいて、準レギュラーになってしまったんです。その時、たかじんさんにテレビでのしゃべりについて教えてもらったおかげで、今もこうしてマスコミで仕事をさせてもらえているんだと思います」

それは、「テレビでは、まじめに話す必要はない」ということ。官僚に求められる話術は、わかりやすさと漏れのなさ。政治家が理解しやすいよう、とりこぼしがないよう、ていねいな説明が良しとされる。しかし、その話し方がテレビ番組、とくにバラエティではネックになることを、やしき氏は鋭く指摘したのだ。

「最初からすべて説明しようとせず、まずは、自分が一番言いたいことだけをバーンと口にする。周りがそれに興味を持って質問されたらそれに答え、さらに別の質問がきたら、また答える。そうやって、どんどん補足していけばいいんだと教えてもらいました。おかげで、我ながらトーク力は増したと思います。役所を辞めたばかりの頃は、90分間講演するのが、ものすごく大変だったけれど、今は準備ほぼゼロでも臨めますからね。それは、たかじんさんの教えがあったからこそです」

やしきたかじんに学んだ「しゃべりのコツ」と「空気感の大切さ」

もうひとつ、やしき氏から教わったことで忘れられないものがある。それは、場の空気の重要性だ。

「あの番組は関西で撮影されていたんですが、東京と比べても、お弁当や控室に用意されているお菓子や飲み物が豪華だったんですよ。たかじんさんの方針だそうで、出演者もスタッフも、この番組のために時間を割いてくれているんだから、最大限もてなそうということだったらしいです」

出演者はもちろん関わるスタッフ全員が気持ちよく仕事ができる環境を整えれば、場の空気が良くなり、それは番組の盛り上がりにもつながる。やしき氏は、そう考えていたそうだ。

「たかじんさんって、出演者が放ったくだらないギャグに手を叩いて笑うようなスタッフを重用したらしいんですが、それも、良い空気をつくるためだったんでしょうね。『オンエアという言葉の通り、番組で一番大切なのは空気感なんだ』と、よく言っていました。

この空気感って、ビジネスにおいても非常に重要なんですよ。わかりやすいところで言えば、飲食店。どんなにおいしくても、店の雰囲気が暗いとか、店員さんの態度が悪ければ、もう一度行こうとは思わないじゃないですか。逆に、味は今ひとつなんだけど、店の人がものすごく頑張っていて、感じが良ければ、応援したくなるでしょう?」

岸氏いわく、空気感とビジネスの関係性は、アメリカではロジカルに証明されているそうで、Google本社を舞台に行われた調査では、最もイノベーションを起こしているのは、風通しが良く、どんなアイデアを出しても頭から否定されない、心理的安全性が高いセクションだったという。

「僕は今、いろんな企業と仕事をさせてもらっていますが、おもしろいことをやって成長するのは、雰囲気がいいところなんですよね。そんな風に経験的に空気感の大切さを実感しているので、僕も、企業や自治体との会議や大学の研究室など、自分が関わるビジネスの現場では、空気感を良くするように努めています。その方が絶対成果は上がります。それに、自分自身も楽しいし、気分も良いですからね」

確かに、今回のインタビューに限らず、岸氏は取材や撮影中、笑顔でいることが多い。そうやって心理的安全性を確保してくれるからか、話を聞く身としては、委縮することなく、さまざまな質問を投げかけることができる。

「そうですか? でも、僕はまだまだ人間ができていないので、自分がすごく疲れていたり、イヤなことが続いていたりすると、ネガティブな言葉や態度をとってしまうこともあるんですよね。そんな時は猛烈に反省します。もっとも官僚時代は、笑顔を心掛けようとか、相手の気分を盛り上げようなんて気持ちはさらさらなかったから、少しは成長したのかな。これも、たかじんさんのおかげです。いろんなことを教えてもらいましたが、たかじんさんは、やっぱりすごい人だったな」

(※続く)

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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