PERSON

2023.03.19

なぜ杉本博司は、現代美術作家でありながら美術品を収集するのか

「アート」とひと口に言ってもその幅は広く、過去、現在、未来と続く、非常に奥深い世界だ。各界で活躍する仕事人たちはアートとともに生きることでいったい何を感じ、何を得ているのか。今回は、現代美術作家・杉本博司氏の想いに迫る。【特集 アート2023】

江之浦測候所敷地内の春日社社殿と杉本氏

収集した古美術品には春日信仰にまつわるものが多く、それを究めるように、杉本氏自らが設計した江之浦測候所敷地内、相模湾を背景に建つ場所に春日社社殿を建設。2022年3月27日甘橘山春日社に御霊を招魂するまでにいたった。タケミカヅチノミコトが鹿島から白鹿に乗り大和国御蓋山へ渡った途上にある。

優れた古美術品を滋養とし、自身の創作の糧にする

奈良、春日大社の国宝殿で「杉本博司-春日神霊の御生(みあれ) 御蓋山(みかさやま)そして江之浦」が開催されている(現在は終了)。

杉本博司という一個人が集めた古美術が、奈良時代から続く春日大社の神宝(しんぽう)と肩を並べる展示になっている。彼の収集品の質の高さの証明となるだろう。

この展示は春日大社の摂社である春日若宮の式年造替(ぞうたい)を祝うもので、現代美術作家として杉本氏は新作の屏風を発表している。満開に咲き誇る藤の花を撮影した屏風、あるいは杉本氏が設立した文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」の遠望を捉えた屏風である。画面の片隅にこの地の春日社が写っている。

杉本博司『春日大社藤棚図屏風』

展示風景より、杉本博司『春日大社藤棚図屏風』(2022)
藤の花を見下ろすのは神の視線である。2022年春、晴天、無風の日に杉本氏は高い脚立の上から満開の「砂ずりの藤」を撮影。阿波の和紙に出力し、六曲一隻の屏風に仕立てた。実は1977年にも杉本氏はここで満開の藤を見たという。その時は本当に花が地面に接しており、その生命力に圧倒されたと綴っている。

杉本博司『春日大宮暁図屏風』

展示風景より、杉本博司『春日大宮暁図屏風』(2022)
神社の境内、敷地などを図解した参詣曼荼羅図というものがあるが、この写真を撮影した時、杉本氏の脳裏には春日宮曼荼羅図が浮かんでいたのだろうか。春日大社は中世以来変わりなくそこにあると確かめながら。本殿の千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)の先端がわずかに見える。

杉本博司『甘橘山春日大社遠望図屏風』

若宮神楽殿での展示風景より、『甘橘山春日大社遠望図屏風』(2022)
杉本氏が建設した江之浦測候所は原始的な天体観測装置としての隧道(ずいどう)、能舞台や作品展示ギャラリー、茶室を備えた施設だが、神護景雲2年(768年)、常陸国の鹿島神宮からタケミカヅチノミコトが白鹿に乗って大和国御蓋山へ渡ったという鹿島立ちの際、ここに立ち寄ったという仮説を立て、春日社を勧請(かんじょう)した。

現代美術作家でありながら第一級の美術品を収集し続けているのはなぜなのだろうか。収集と作品制作にはどういう関係、影響があるのだろうか。

杉本氏は1970年代後半、ニューヨークで古美術商を営んだ。最初は生活のためだったが、年4回帰国し、買付のために骨董屋や地方の社寺を回ったことが修業となった。

やがて、現代美術作家専業となってからは、自分のためだけに古美術品を買うことになる。

「買ったものから、滋養を吸い取るということです。そうやって、自分のつくる作品の質を上げていく。素晴らしい美術品を身近に置くとつまらないものをつくるわけにはいかない。目標とかライバルになるわけです」

作品が売れ、欲しい古美術品が買えるようになり、これだというものを集め、ふと見まわすと、春日信仰にまつわるものが多いことに気づいた。『春日鹿曼荼羅(しかまんだら)』や『春日若宮(わかみや)曼荼羅』『春日神鹿(しんろく)像』はもちろんのこと、『五髻文殊(ごけいもんじゅ)菩薩像』『十一面観音立像』や明恵上人(みょうえしょうにん)の『夢記断簡』もそうだ。

左が『春日鹿曼荼羅』、右が『春日神鹿像』の上に乗った杉本博司『海景五輪塔』と須田悦弘『鞍、蓮台 補作』

上:室町時代『春日鹿曼荼羅』
ニューヨークで古美術商も営む杉本が現代美術作家に生業を絞ろうとした頃に出会った『春日鹿曼荼羅』。入手は当時の彼にとって大変な出費だったが、その後の収集を占うともいうべき重要な1点。
右:杉本博司(海景五輪塔)、須田悦弘(鞍、蓮台 補作)『春日神鹿像』
『春日神鹿像』は銅製で首に鈴付きの胸懸(むながい)をあらわしているので春日神鹿と思われる。鞍などが失われていた。現代美術作家、須田悦弘に台座の補作を依頼し、そこに杉本作品である『光学硝子五輪塔』をのせている。この五輪塔、仏舎利(ぶっしゃり)を納める代わりに『海景』が浮かぶ。

春日若宮曼荼羅

『春日若宮曼荼羅』 鎌倉時代 公益財団法人小田原文化財団蔵 杉本博司撮影
春日大社本殿に四柱の神々が祀られているが第三殿の天児屋根命、第四殿の比売神(ひめがみ)の御子神(みこがみ)が若宮神である。その春日若宮社だけを描いた珍しい『春日若宮曼荼羅』。春日山に満月が昇り、御蓋山の麓に若宮社はある。大鳥居近くには僧綱襟(そうごうえり)で香染(こうぞめ)の法服を着た高僧が文殊菩薩から巻物を受け取っている。

五髻文殊菩薩像

『五髻文殊菩薩像』 鎌倉時代 公益財団法人小田原文化財団蔵 杉本博司撮影
振り返り咆哮(ほうこう)する獅子は蓮台を背負っていて、その台の上に乗っているのは『五髻文殊(ごけいもんじゅ)菩薩』。五髻の上に5つの円相が重ねられ、それぞれ仏が描かれている。これが春日五本地仏だとすると、この図は春日若宮文殊ということになる。鎌倉時代のこの像は近年アメリカで発見され、日本で修復されたものだという。

海に向かい、空を見上げ、鹿島と大和国御蓋山を想う

春日信仰との関わりは古美術の収集にとどまらない。杉本氏が設計した文化施設、江之浦測候所に2022年、春日大社の御神霊を勧請(かんじょう)するまでにいたった。

「春日社創建の縁起を紐解いてみると、神護景雲(じんごけいうん)2年(768年)に春日の神、武甕槌命(たけみかづちのみこと)は常陸の国の鹿島社から鹿に乗って大和の御蓋山に飛来したとされています。鹿島立ちと呼びますが、その飛来線上にある江之浦は御旅所であるというのが私の立てた仮説で、ならば春日社から御霊分けを受けて、新たな春日社を創建したいとなったのです」

春日神を勧請して、新たに春日神社を創建した例は戦後よりしばらくなかったため、困難な事業だったが、2022年3月27日に鎮座祭が完了し、以後、祭礼が執り行われている。

杉本氏の『海景』を思わずにいられない海を背にして建つ社殿の様式は鎌倉期まで遡り、現存最古の春日造の社殿として知られる奈良、円成寺(えんじょうじ)の春日堂・白山堂に範をとった。

杉本氏が示してくれているのは、収集と創造はひとつの戦いであり、あるいは収集することも創造であり、収集は創造の供であるということである。

明治期に発掘された礎石

東大寺創建時、金堂の東西には高さ100m超の七重塔があった。東塔は平重衡(たいらのしげひら)の焼討ちに遭い、重源らが再建するも落雷で焼失。明治期に発掘されたこの礎石(そせき)は藤田男爵家の庭に据えられていた。

『五輪塔』

鎌倉時代の『五輪塔』。修験道の霊場として知られる大分県国東半島から来た。五輪塔のなかでも大型の塔で、軟石の岩肌は苔むしている。

なぜ収集するのかって? 文明史の探求のためです

1980年代、写真を素材とした現代美術作家としてキャリアをスタートさせ、独自の徹底したコンセプトを立て、飛び抜けて高い技術で写真を芸術の域に高めたことで、美術史にその名が刻まれる作家である。

2000年以降は建築にも活動の領域を広げ、さらに古美術と自作を組み合わせたさまざまな展示によって、新しい境地を切り開いてきた。

その根本で杉本氏が追い続けているテーマは人間はどのようにして、動物から人間になり得たのか、意識はどのように生まれてきたのかということである。

例えば、江之浦測候所につくった冬至光遥拝隧道(こうようはいずいどう)もその難問を解くためである。冬至を区切りとして、新しい年を迎える。人々は農業をはじめ、新たな活動を開始する。太陽が昇り沈む一日があり、太陽の動きから一年の周期を知った人間は生きること、生きていくとはどういうことかを学んだというのである。

だから、杉本氏からは天文学や物理学といった学問と、宗教とが境目なく語られる。すべては人間の営み、意識の形成につながることだからだ。

「作品をつくって売って、報酬を得たら、そのお金で江之浦のためにコレクションを増やしていったり、施設の拡充に充てていく。その繰り返しです。言ってみれば自転車操業かな」

美術品を所有するという単純な欲望ではなく、人間の意識の発生の問いを追求するために必要な行動だったわけだ。

『内山永久寺十三重塔』

『内山永久寺十三重塔』。鎌倉時代。この寺は廃は仏毀釈(いぶつきしゃく)により破壊され廃寺になった。この塔は近隣の豪族の家に移設されて残っていた。

石造宝塔の塔身部分

1945年8月6日、広島原爆投下時に爆心地近くにあった石造宝塔の塔身部分。屋根部分は熱線と放射能により瞬時に破壊された。

2022年から2023年にかけて、国内でふたつの展覧会を走らせてきた。ひとつは金沢文庫と春日大社での「春日神霊」の展覧会。もうひとつは姫路市立美術館で開催された展覧会で、日本文化の特質をコレクションと作品によって、解き明かすというもので「本歌取り」と題した展覧会である。旧世代の時代精神を受け継ぎ、そこに新たな感性を加える日本文化がテーマだ。

2023年秋、作品を入れ替えて、渋谷の松濤美術館で開催される。その名も「本歌取り 東下り」。ここでも杉本氏の収集品が披露されるので注目である。

江之浦測候所内にある道具小屋に立つ杉本氏

江之浦測候所内のこの建物はこの地のみかん栽培が活況を呈していた頃に建てられた道具小屋だった。それを展示室として整備して、化石のコレクションを展示する化石窟とした。小屋に残されていたみかん栽培のための各種道具とともに展示。大小多様な化石があるが、およそ5億年前に海底で生命が発生した頃の様子がわかる。

 
【Collector’s File】
一番初めに購入した作品
真空管アンプ「マランツ7」
初めて創作したもの
中学生の時につくったやじり
今後手に入れたい作品
自然の摂理で出合うもの
アートとは
癒やし
今後も売るつもりがない美術品
春日鹿曼荼羅

展覧会「杉本博司 本歌取り 東下り」
HIROSHI SUGIMOTO HONKADORI AZUMAKUDARI

会期:2023年9月16日(土)~11月12日(日)※展示替えあり
会場:渋谷区立松濤美術館
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)※金曜日のみ20:00閉館(入館は19:30まで)
休館日:月曜日(9月18日、10月9日は開館)、9月19日(火)、10月10日(火)
内容:和歌の伝統技法である「本歌取り」の手法を取り入れて制作してきた作品を、2022年に姫路にてこのコンセプトのもとに集結。本展は「本歌取り 東下り」と銘打って、姫路で公開以後の新作を中心に、旧江戸の東京で展示。そこでは現代の作品が古典作品と同調と交錯を繰り返し、写真にとどまらず、書、工芸、建築、芸能をも包みこむ杉本氏の本歌取りの世界が、新たに繰り広げられる。

現代美術作家
杉本博司/Hiroshi Sugimoto

1948年東京都生まれ。1970年渡米、1974年よりニューヨーク在住。写真作品『海景』『劇場』『建築』シリーズなどがメトロポリタン美術館はじめ世界有数の美術館に収蔵。2017年、小田原に文化施設「江之浦測候所」オープン。

▶︎▶︎画像だけをまとめて見る【杉本博司氏の貴重なアートコレクションを一挙公開!】

【特集 アート2023】

TEXT=鈴木芳雄

PHOTOGRAPH=古谷利幸

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