「アート」とひと口に言ってもその幅は広く、過去、現在、未来と続く、非常に奥深い世界だ。各界で活躍する仕事人たちはアートとともに生きることでいったい何を感じ、何を得ているのか。今回は、投資ファンドの代表取締役会長であり、軽井沢安東美術館の代表理事でもある安東泰志氏の想いに迫る。【特集 アート2023】
財産ではなく、アートを文化として残していく
コレクション熱が高じて、美術館の設立にまで達した希少なケースがある。軽井沢駅から徒歩圏内に立つ、瀟洒(しょうしゃ)な煉瓦造りの軽井沢安東美術館だ。
20世紀美術史に名を残す藤田嗣治(つぐはる)の作品ばかりを展示する世界初の館として、2022年秋にオープン。所蔵されている約200点すべてが、投資ファンド・ニューホライズン キャピタルを率いる安東泰志氏の収集品。
「私は藤田の作品、特に晩年の少女や猫、聖母子の絵画に癒やされてきました。展示室で私と同じ気分に浸ってもらえたら」
そう話す安東氏がこの空間を生みだした経緯はこうだ。
もともと銀行員だった安東氏は40代で独立、投資ファンドを立ち上げた。成功を収めるも、やっかみや横槍は凄まじかった。
「必死に取り組んできましたが、精神的にはかなり追い詰められましたね」
心の平穏を保てたのは、藤田嗣治作品との対話のお陰だった。
「苦しいさなか、立ち寄った画廊で藤田作品を見かけ心奪われ、購入しました。毎晩、絵の前で長時間過ごすようになり、それが生きる支えとなりました」
作品購入を20年来続け、コレクションはいつしか世界有数のものとなった。貴重な文化遺産を後世へ安全に受け継ぐため、また多くの人の目に触れてもらおうと、数年前から美術館設立を構想し始めた。
「公開すれば、他の誰かの心も救われるかもしれませんし。最も大きい展示室にはシャンデリアを吊り、ソファを置き、自邸で絵と対面していた時と同じ雰囲気が味わえるよう設(しつら)えました」
館は早くも軽井沢の新名所となりつつある。ビジネスパーソンや経営層にもふさわしい。
「ビジネスの世界で常に数字が求められるのは、私も重々承知しています。ただ、よりよい経営やビジネスを展開しようと思えば、それだけじゃ足りないのも事実。広い視野と教養に基づいた独自の感性の持ち主でなければ、人はついてこないでしょう。
アートに目を向け理解する精神や気持ちのゆとりが、よりよい仕事のためには必要なはず。一度、ここへ来てゆったり時を過ごしてください。絵画っていいものだなと、きっと実感されると思います。人生は時に理不尽ですが、絵はいつも変わらずそこにいて、落ち着いて自分を見つめてくれますからね」
安東コレクションからアートの効用を存分に学べば、作品購入のイメージがぐっと湧きやすくなるに違いない。
最初に買ったアート
藤田嗣治の『ヴァンドーム広場「魅せられたる河」より』(1951)
コレクション数
藤田嗣治だけで200点以上
最近買ったアート
藤田嗣治の『猫の教室』(1949)
アートとは
癒やし
購入方法
オークションが7割、画商経由が3割程度
ニューホライズン キャピタル代表取締役会長
安東泰志/Takanori Kataishi
1958年生まれ。東京大学経済学部卒業、シカゴ大学経営大学院修了。2002年より事業再生ファンド、フェニックス・キャピタル(現・ニューホライズン キャピタル)を創業し、累積2,500億円超の投資ファンドを組成。2006年より現職。