PERSON

2023.03.15

「設計した建築にアートを飾るのは、抵抗があった」著名建築家がアートを飾り続ける理由

「アート」とひと口に言ってもその幅は広く、過去、現在、未来と続く、非常に奥深い世界だ。各界で活躍する仕事人たちはアートとともに生きることでいったい何を感じ、何を得ているのか。今回は、建築家・武富恭美氏の想いに迫る。【特集 アート2023】

アンディ・ウォーホル『ドラキュラ』と武富恭美氏

30歳で初めて購入した作品、アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン『ドラキュラ』は自宅のリビングに。

初心を忘れない。そのために必要

「建築は、アートがなくても完成しているもの。だから自分の設計した住宅などにアートが置かれるって、若い頃は少し抵抗があったんです」

そう照れくさそうに笑うのは建築家・武富恭美(やすみ)氏。大規模な邸宅や別荘などを多く手がけ、藤田嗣治(つぐはる)作品のみを展示する軽井沢安東美術館も設計した。

「けれど、私が設計した別荘に李禹煥(リ・ウーファン)の作品が飾られているのを見て、空間に別の力が宿ったように感じ、私も李禹煥の版画を購入しました。以来『この壁にこんなアートを飾ったら……』などと考えながら設計をするようになって。軽井沢安東美術館では、どの作品をどこにかけるかも検討し、設計しました」

李禹煥と磯崎新のパラウ・サン・ジョルディの版画

右は李禹煥、左は磯崎のパラウ・サン・ジョルディの版画。「版画はさまざまな技術、刷りがあり好きなんです」。

武富氏の建築家としてのキャリアは2022年逝去した日本を代表する建築家・礒崎新氏のもとで始まった。師と仰ぐその人は、建築のコンセプトを版画に起こす制作を行なっていた。

「建築家と芸術家は似ていますが、大きな違いはクライアントが必要かどうか。建築家は依頼されて初めて設計できますが、芸術家はひとりでつくりだすことができる。礒崎さんは建築家ですが、この版画は図面でもあり純粋な芸術でもある。こんな稀有な人はいない。私は礒崎さんに憧れ建築の道に進みました。初心を忘れないよう、磯崎さんの版画を自宅や別荘、事務所に飾って常に眺めています」

磯崎新『Folly-Soan 1』

磯崎新『Folly-Soan 1』。武富氏が最近購入した作品。茶室を表現したFolly-Soan(草庵)シリーズの1点。磯崎作品では珍しい木版画で、アメリカで発表された。手前は武富氏が建設中の別荘の建築模型。

磯崎新『闇4』

自邸に飾られた磯崎新設計の建築「なら100年会館」の版画『闇4』の小品。167㎝ある『闇4』を刷る前のテストプリントで本来は表に出ることのないもの。大判の『闇4』も武富氏は所有しており別荘に飾っている。この「なら100年会館」は武富氏が磯崎新アトリエ在職時に担当した。

現在15点近くの磯崎版画を所有。直接譲り受けたものもあるが、多くはギャラリーやオークションで購入したという。

「私は磯崎さんの作品以外にも、入手したものは一生そばに置いておくつもりです。作家の想いを大事に生涯をともにしたいですから」

事務所と自宅には他にも品川亮、井上七海といった若い作家たちの作品も並ぶ。

品川亮の墨絵と金箔の作品

品川亮の墨絵と金箔の作品。墨と金を並べて飾る方法は武富氏のアイデア。

井上七海の方眼紙をモチーフにした作品

井上七海の方眼紙をモチーフにした作品が、事務所の本棚の中に一見無造作に置かれている。

「現在進行形で活躍されている作家さんの作品を眺めていると、その方と話した内容を思いだすんです。その時交わした熱い言葉が作品を見ると蘇ってくる。購入することで作家さんを応援できれば嬉しいですし、自分にとっても良い刺激になります」

芸術家たちの想いを感じながら、自身の創作に励む。それが武富氏の日常なのだ。

藤田嗣治のリトグラフと吉原治良のシルクスクリーン

事務所には藤田嗣治のリトグラフ(左)と、吉原治良のシルクスクリーン(右)が飾られている。

写真家・玉木興陽の作品

大学時代の同級生である写真家・玉木興陽(こうよう)の作品。

 
【Collector’s File】
コレクター歴
25年
最初に買った作品
アンディ・ウォーホル『ドラキュラ』
購入作品総数
約25点
次に狙うのは
松江泰治の写真作品

建築家
武富恭美/Yasumi Taketomi

1968年東京都生まれ。ディーディーティー一級建築士事務所代表。1994年から磯崎新アトリエに所属。2003年に独立。ハイエンドな邸宅や別荘などを多く手がけ、軽井沢安東美術館の建築設計を担当。

▶︎▶︎画像だけをまとめて見る【建築家・武富恭美氏の貴重なアートコレクションを一挙公開!】

【特集 アート2023】

TEXT=安井桃子

PHOTOGRAPH=藤村全輝

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