「アート」とひと口に言ってもその幅は広く、過去、現在、未来と続く、非常に奥深い世界だ。各界で活躍する仕事人たちはアートとともに生きることでいったい何を感じ、何を得ているのか。今回は、建築家・武富恭美氏の想いに迫る。【特集 アート2023】
初心を忘れない。そのために必要
「建築は、アートがなくても完成しているもの。だから自分の設計した住宅などにアートが置かれるって、若い頃は少し抵抗があったんです」
そう照れくさそうに笑うのは建築家・武富恭美(やすみ)氏。大規模な邸宅や別荘などを多く手がけ、藤田嗣治(つぐはる)作品のみを展示する軽井沢安東美術館も設計した。
「けれど、私が設計した別荘に李禹煥(リ・ウーファン)の作品が飾られているのを見て、空間に別の力が宿ったように感じ、私も李禹煥の版画を購入しました。以来『この壁にこんなアートを飾ったら……』などと考えながら設計をするようになって。軽井沢安東美術館では、どの作品をどこにかけるかも検討し、設計しました」
武富氏の建築家としてのキャリアは2022年逝去した日本を代表する建築家・礒崎新氏のもとで始まった。師と仰ぐその人は、建築のコンセプトを版画に起こす制作を行なっていた。
「建築家と芸術家は似ていますが、大きな違いはクライアントが必要かどうか。建築家は依頼されて初めて設計できますが、芸術家はひとりでつくりだすことができる。礒崎さんは建築家ですが、この版画は図面でもあり純粋な芸術でもある。こんな稀有な人はいない。私は礒崎さんに憧れ建築の道に進みました。初心を忘れないよう、磯崎さんの版画を自宅や別荘、事務所に飾って常に眺めています」
現在15点近くの磯崎版画を所有。直接譲り受けたものもあるが、多くはギャラリーやオークションで購入したという。
「私は磯崎さんの作品以外にも、入手したものは一生そばに置いておくつもりです。作家の想いを大事に生涯をともにしたいですから」
事務所と自宅には他にも品川亮、井上七海といった若い作家たちの作品も並ぶ。
「現在進行形で活躍されている作家さんの作品を眺めていると、その方と話した内容を思いだすんです。その時交わした熱い言葉が作品を見ると蘇ってくる。購入することで作家さんを応援できれば嬉しいですし、自分にとっても良い刺激になります」
芸術家たちの想いを感じながら、自身の創作に励む。それが武富氏の日常なのだ。
コレクター歴
25年
最初に買った作品
アンディ・ウォーホル『ドラキュラ』
購入作品総数
約25点
次に狙うのは
松江泰治の写真作品
建築家
武富恭美/Yasumi Taketomi
1968年東京都生まれ。ディーディーティー一級建築士事務所代表。1994年から磯崎新アトリエに所属。2003年に独立。ハイエンドな邸宅や別荘などを多く手がけ、軽井沢安東美術館の建築設計を担当。