時代の変化に伴い、アートにまつわる仕事は実に多様化している。業界に一石を投じるベンチャー企業や話題の新興ギャラリー、管理倉庫の舞台裏まで、アートの仕事の最前線に迫った。
インスタレーションの再現者
空間を丸ごと使うようなインスタレーションアートは、展示期間が終われば撤去され、他の場所に「再び展示する」ことは難しい。そういった作品はいったい、どうやって再現すればいいのか。
「これまで、その展示方法は誰かの記憶に頼った曖昧なものも多かった。しかし、設営する側はそれでは困るんです。作家が不在でも作家の意図どおりに作品を配置するため、作品ごとのマニュアルが必要。だから設置する様子を動画に撮影して残し、記録するようにしたんです」
美術展の設置・設営業から始まったHIGURE 17-15 cas。有元利彦氏が代表を務めるようになって始めたこの「記録と設置のマニュアル作り」のおかげで、作品の再現性はぐっと高くなり、後世にも残りやすくなった。
この「記録」を重ねていくことは、「こんな作品を作りたいのだが可能だろうか」といった作家やギャラリーからの相談や、実際の制作にも活かされている。例えば「水槽の中に生きた魚を入れて展示する」という話を作家から聞けば水質研究に勤しみ、魚が長生きする環境づくりをする。それは作品を作家の望む状態で長く保つための努力なのだ。
実は有元氏自身も画家を志していた時期があった。父は昭和を代表する画家のひとり、有元利夫氏。物心ついた頃には既に亡くなっていたが、絵を描くことが当たり前の環境で育ったからこそ、作家が思い描く作品の姿を感じとることができる。
「やりたいことを言葉にできる作家と、そうでない作家がいる。アーティストの表情や雰囲気から何を求めているのかを感じとるのです」
杉本博司氏、宮島達男氏、草間彌生氏など日本を代表する作家たちの展示設営の多くを行っている。2019年の横尾忠則氏の展覧会では、会場レイアウトも手がけた。
「僕らは作家の手であり、意思を出しすぎてはいけない。作品の再現性は80%でも120%でもダメ。100%。一方で作家の手であるため、嗅覚を研ぎ澄ませなくてはいけない」
再現が難しかった作品を記録し、保存する。これまでなかったこの仕事を独自に展開していけるのは、やはりそのバックグラウンドが大きい。
「多くの方が父の絵を残してきてくれたから、私はそれを見ることができた。自分たちが関わるものは、残そうとしなければ残らない。そのための努力に感謝しているからでしょう」
HIGURE 17-15 casが設置担当した展覧会一例
●ギンザ・グラフィック・ギャラリー「第368回企画展 横尾忠則 幻花幻想幻画譚 1974-1975」2018年9月5日~10月20日
●第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館「Cosmo-Eggs│宇宙の卵」2019年5月11日~11月24日
●京都市京セラ美術館開館記念展「杉本博司 瑠璃の浄土」2020年5月26日~10月4日(一部展示什器の設計製作、作品設営を担当)
●ポーラ美術館「ケリス・ウィン・エヴァンス展」2020年6月7日~11月3日
●草間彌生美術館「我々の見たこともない幻想の幻とはこの素晴らしさである」2020年7月30日~2021年3月29日(事前予約制)
●原美術館「光―呼吸 時をすくう5人」2020年9月19日~2021年1月11日
●千葉市美術館「千葉市美術館拡張リニューアルオープン・開館25周年記念 宮島達男 クロニクル 1995-2020」2020年9月19日~12月13日
●ギンザ・グラフィック・ギャラリー「第380回企画展 いきることば つむぐいのち 永井一正の絵と言葉の世界」2020年10月9日~11月21日
●日本デザインセンター「VISUALIZE 60 Vol.1」2020年11月10日~12月25日、2021年1月7日~22日、「VISUALIZE 60 Vol.2」2021年2月1日~4月16日
Policy of HIGURE 17-15 cas
1.再現性は100%。120%でも許されない
2.未来に備え設営・撤去の記録を残す
3.作家の手になり、思い描くことを実現させる
※「ヒグレ イチナナイチゴ キャス」の詳細はこちら