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2023.03.14

経営者たちはなぜ、ここまでスキーに熱狂するのか? in安比高原

2023年2月初旬、極上の粉状雪質で知られる岩手県・安比高原スキー場に、港区スキーチーム、通称「MST」が集った。MSTはスキー愛好家10人ほどの経営者によって2016年に結成。いずれも百戦錬磨の経営者揃いだが、多忙な時間をやり繰りして、雪上を攻めに行く。日本のスキー人口が1990年代前半を最盛期として減っているなか、なぜここまで男たちはスキーに熱を注ぐのか?

チーム全員でお揃いのウェアとスキー板で滑走する姿はゲレンデでも注目の存在。中央の黄色のウェアを着ているのは元アルペンスキーヤーの皆川賢太郎氏。

チーム全員でお揃いのウェアとスキー板で滑走する姿はゲレンデでも注目の存在。中央の黄色のウェアを着ているのは元アルペンスキーヤーの皆川賢太郎氏。

20年近いスキー休眠期を経て、再びゲレンデに立つ経営者たち

近年、新しいスノーリゾートとしてリブランディングが進行中の安比高原スキー場。まだ誰もいないゲレンデのファーストトラックを疾走する“特別な時間”を与えられた男たちがいる。その先頭はオリンピアンであり、元アルペンスキーヤーの皆川賢太郎だ。後ろに続くのは、港区スキーチーム、通称「MST」のメンバーである。

「MST」は、度々ゲーテでも取り上げる10人ほどの、スキー愛好家でかつ経営者というメンバーによって2016年に結成された。今回集まったのは、インテリアショップ「フランフラン」の創業者・高島郁夫氏、国内外に飲食店を展開する「ベイシックス」代表取締役・岩澤博氏、飲食業「ゼットン」創業者で現在は再生医療やホテル業の経営に携わる稲本健一氏、再生医療を牽引する「セルソース」創業者・山川雅之氏、飲食業を展開する「BigBelly」を率いる傍ら、4月の区議会選への出馬を決めた大林芳彰氏、高級焼き鳥ブームを作った「東京レストランツファクトリー」代表取締役・渡邉仁氏、国内とハワイで居酒屋を経営する「エイジアキッチン」代表取締役・吉崎英司氏、東京と沖縄でレストランを経営する「GM」代表取締役・石川拓人氏。

ほぼ全員が1972年の札幌オリンピックをきっかけに始まったスキーブームによって、自然と板を履きスキーを楽しんでいた世代。いわゆる「私をスキーに連れてって」世代だ。その後社会人になり、意識が仕事にシフトしたことで自然とスキー場から遠ざかってしまったという。

「2011年の大阪マラソンのスタート地点で、僕と山川、高島さん、エー・ピーホールディングスの米山久で『昔はスキーをしていたよね。今でも滑れるんじゃないか』という会話が生まれ、勢いに乗って久しぶりにスキー場に行ったんです。そこから僕がたまたま人を介して知り合った皆川賢太郎が苗場にいるから、一緒に滑ってもらおうとなりました」(稲本氏)

20年ぶりのスキーは開放感に溢れていた。ギアが進化し、板も昔より簡単に扱えた。

「スキーはいわゆる重力で落下する力を利用したスポーツ。年齢を重ねてからやるにはある意味楽なんです。さらにゴルフのようにスコアを競うこともない。楽しい仲間と時間と空間を共有し、雄大な景色を視界に収めながら、滑走して爽快感を味わう。これが最高に気持ちいいんですよ」(稲本氏)

「え、あの皆川賢太郎と一緒にスキーを滑れるの? ということでテンションが上がりました。何度か一緒に滑るうち、彼が僕らのためにウェアや板を揃えましょうと、いろいろなブランドに繋いでくれた。だから僕らも半端な気持ちじゃ申し訳ないと、一生懸命まじめに滑っています(笑)」(岩澤氏)

「スキーの魅力はスピード感。賢太郎と滑っているうちに、カービングで滑る楽しさが理解できてきました」(高島氏)

毎年秋に集まり、そのシーズンの活動日を決める。だいたい12、1、2、3月とワンシーズン4回の活動が常で、集まれるメンバーだけ集まる。

「日頃、多くの部下を束ね、常にひとりになれず、ノイズのなかで過ごしている経営者の皆さんだけに、雪山のしんとした空間の中、自分の呼吸音だけを聞きながら滑ることで、頭の中が空っぽになり、リフレッシュしていらっしゃるようです。僕はそんな経営者の皆さんと一緒にスキーを楽しみながら、時にスノーシューを履いてもらって凍った滝まで氷瀑ツアーに案内したり、スキー以外の雪山やスノーリゾートの魅力を視察していただいています」(皆川氏)

皆川氏は一般財団法人「冬季産業再生機構」の代表理事を務め、雪を資源と捉え、変わりゆく地球環境に対し、持続可能な取り組みを推進し、循環型社会の実現を目的とし、雪資源を守るためのさまざまな活動を行っている。経営者らにスノーリゾートの魅力を知ってもらうのはもちろんのこと、近い将来への投資やビジネスの可能性へのきっかけを与えられたらという、代表理事の立場ならではの目論見も少なからずあるのではないだろうか。

MSTは朝、まだ誰も滑っていないゲレンデでのファーストトラックに始まり、徹底的に滑る。アスリート並みにハードに滑るため、一度参加したものの、メンバーにならなかった人もいるとか。

MSTは朝、まだ誰も滑っていないゲレンデでのファーストトラックに始まり、徹底的に滑る。アスリート並みにハードに滑るため、一度参加したものの、メンバーにならなかった人もいるとか。

10代から地元金沢でごく自然にスキーを楽しんでいた稲本氏。上下白のユニフォームは、奥志賀高原発のマウンテンリゾートウェア「ZUICA」。

10代から地元金沢でごく自然にスキーを楽しんでいた稲本氏。上下白のユニフォームは、奥志賀高原発のマウンテンリゾートウェア「ZUICA」。

スノーシューを履いてかなりの距離を歩いて氷瀑にたどり着いたという。「凍った滝を見た時の感動は忘れ難い。素晴らしい体験でした」と岩澤氏。安比・八幡平エリアをスノーシューで巡るツアーを安比高原は実施している。

スノーシューを履いてかなりの距離を歩いて氷瀑にたどり着いたという。「凍った滝を見た時の感動は忘れ難い。素晴らしい体験でした」と岩澤氏。安比・八幡平エリアをスノーシューで巡るツアーを安比高原は実施している。

リブランドが進む安比高原にビジネス勝機はあるか?

「これだけ上質のパウダースノーに恵まれ、そして豊富なゲレンデを持っているのはアジア近隣国のなかでは日本だけ。今シーズンはもうすでにインドネシア、インド、台湾、香港などの富裕層のファミリーがかなり訪れていました。ここに中国の富裕層が押し寄せてきたら、完全にニーズがキャパシティを超えてしまう」(稲本氏)

噂によると春節の時期、アジア系富豪一族がホテルを一棟貸し切ったとか。海外のリゾートを多く回ってきた高島氏や稲本氏は、日本のデベロッパーや行政がいち早く開発に着手すべきと危惧する。

「実際、僕と高島さんはコロナ禍に近い未来を考えて、ニセコに土地を購入しました。そこをホテルにするのか、自分らのやりたいコンセプトの施設を作るのか、用途に未知数の部分はありますが、決して損はしない投資だったと思う」(稲本氏)

稲本氏の見解では、今現在スキー人口はバブルのピーク時に比べて数は少ない。でも経済目線から見ると、スキーでひとり当たりが使う金額、つまりホテル、食事、スキーのギアなどに使う費用が上がっている分、バブル期の経済効果を超えてきているのではないかという。

「ここにインバウンドが入ってきたら、転がり始めた雪玉のようにどんどん大きくなっていく。そういう意味では日本のスノーリゾートは十分価値のある投資対象として見ていいのではないでしょうか」(稲本氏)

そしてすでに飽和状態のニセコに次いで、MSTのメンバーが注目しているのが安比高原だ。

「都心から新幹線で行けて、駅からはクルマで1時間。このアクセスのよさであの上質な雪が手に入るなんて夢のようですよ」(岩澤氏)

「安比高原のゲレンデはすでに申し分ない。あとは周辺にもう少し店がきでたり、スキー場だけに頼らず街を作ったりしていけば魅力が増すでしょうね。大きな室内プールがあるとか、レストランの数を増やすとか。僕はファーストトラックを滑れるサービスが素晴らしいと思う。お金を払ってあの時間が手に入るのなら、多くの人はそのチケットを手に入れたいと思うはず。周辺に富裕層向けのハロウ校が開校したのも安比のイメージアップに繋がるし、レストランも物販もアフタースキーももっといろいろ可能性があると思いました」(高島氏)

「アクセスのよさは安比高原の最大の魅力。さらにいえばゲレンデのバランスがいい。バックカントリーも含め、あの周辺では最も雄大なスキー場だと思います。インターコンチネンタルなど大きな資本も入ったし、今後安比高原は大きく飛躍するでしょうね」(稲本氏)

MSTのアフタースキーは、大いに食べ、そして飲むので会話も弾む。仕事の話もあれば、ここには書けない話題も(笑)。

MSTのアフタースキーは、大いに食べ、そして飲むので会話も弾む。仕事の話もあれば、ここには書けない話題も(笑)。

「ANAインターコンチネンタル安比高原リゾート」のダイニングの個室で、寿司のケータリングと洋食、地元八海山の酒などを楽しんだ。

ANAインターコンチネンタル安比高原リゾート」のダイニングの個室で、寿司のケータリングと洋食、地元八海山の酒などを楽しんだ。

「いずれニセコの中心地に、ヨーロッパのスキーリゾートのようにラグジュアリーブランド店が進出するでしょう。安比高原もそれに続くリゾートになってほしい」と、高島氏。

「いずれニセコの中心地に、ヨーロッパのスキーリゾートのようにラグジュアリーブランド店が進出するでしょう。安比高原もそれに続くリゾートになってほしい」と、高島氏。

MSTの今シーズンの活動は3月のニセコで締め括る。

「真っ白な雪山で、からっと晴れ、素晴らしい景色を見渡すと、ものすごく気分がスカッとする。お揃いのウェアで同じ板を履いて雄大なゲレンデを滑っていると、経営者とはいえ、仕事や肩書き、会社の大きさなんて関係なくなる。ゲレンデではスキーがうまい奴がえらいんです(笑)。みんながフラットな関係で楽しめるのは、スキーしかありません!」(岩澤氏)

「安比高原で一列になって滑りながら、ウォーターボーイズならぬ、スキーボーイズだねと(笑)。そんな無邪気な気分で底抜けに楽しいから、MSTのスケジュールは自分のなかでトッププライオリティ(笑)」(高島氏)

「経営者の皆さんは童心に帰って雪山を楽しんでくれる。そして感度の高い人たちがスノーリゾートでの過ごし方をSNSで拡散してくれるのは本当に素敵なことです。春夏秋冬を豊かに過ごす旅のスタイルは僕自身の憧れでもあります。そしてMSTはさすが経営者の集まりだけあって、そこからビジネスの可能性も見出してくれる。来シーズンの活動も楽しみです」(皆川氏)

TEXT=今井恵

PHOTOGRAPH=中西隆裕

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