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2022.01.18

【安彦考真】Jリーガーから格闘家となった43歳は、なぜ辞める勇気を持っているのか──連載「熱狂の道標」Vol.5

安彦考真(あびこ・たかまさ、43)は”挑戦モンスター”と呼ばれる。40歳を目前にした2017年、すべての仕事を辞して若き頃に断念したJリーガーを目指し、その翌年に年俸ほぼゼロ円で契約を掴んだ。’20年にはJリーガーを引退。格闘家に転身し、国内最大級のイベントRIZINを目指すという次なる目標を掲げた。あまりにも無謀な道標(みちしるべ)に見えるが、当の本人は実現を信じて疑わない。なぜこの男は挑戦に狂うことができるのか。その思考回路を本連載「熱狂の道標」で解き明かしてみたい。

Vol.4「Jリーガーから格闘家となった43歳は、なぜ悪あがきを続けるのか」

第5回「黒板を消す作業」

次々と無謀なことに挑戦し、有言実行してきた安彦だが、これまでに「辞める」ということも何度も決断してきた。まず、Jリーガーを目指すために仕事を辞めた。そして、格闘家になるためにJリーガーを辞めた。何かを始めるためには、必然的に何かを終えなければならない。「さよなら」だけが人生だ、ということを熟知しているのである。

「自分が始めるきっかけを作ったのであれば、絶対に終わりも作れると思うんです。他人が決めたなら終わりを決めらんない。僕は"3日坊主万歳"なんです。だって、自分でやろうと思ったんだから終わりも自分で決めればいい。3日で辞めても何の問題もないし、自己否定する必要もない。言った責任を持つのではなく、終わる責任を持てる人間が何か大きなことを始められる人だと思うんです。無責任ではなくて、その責任も含めて始められるかどうか。その勇気を持てるかどうか」

安彦は30代半ばで10年連れ添った妻との「結婚」を辞めている。勤めていた会社を辞めたのと同じ日に離婚を決断した。しかし、彼は自らのかつての結婚を決して「失敗」と捉えることはしない。一度リセットボタンを押す決断を下した立場として、その結婚観は一貫しているのだ。

「究極ですけど、離婚できるつもりで結婚するぐらいの覚悟が必要だと今は思います。命はひとつだけど、人生は何度もやり直せるし、リセットボタンを自分で押せるかどうか。バツ1とかバツ2ぐらい容認してくれる国じゃなきゃおかしくないですか? 転職はOKなのにね。一回結婚を経験すれば"こういう人とは合わない"とか"結婚は向かない"とか"この人だったら大丈夫"とかわかるんですよ」

挑戦の過程において、ひとりの女性と出会い、現在結婚を前提に交際しているという。

「自分が食事を去年からヴィーガンに変えたりとか身体の調整法を変えた時に出会って、そうした食に対する思考も似ていた。彼女もバツ1で、子供がふたりいる。お互いが結婚に対する苦労も知っているし、僕も今から0歳児を育てるより、ある程度大きな子をフォローできた方がいいかなと思っている。今回の交際も、自分がどう責任をとれるのかを考えている。すべては自己責任。他人からとやかく言われる必要はない」

何かを始めるために、何かを辞める。「挑戦」も「結婚」も「転職」も安彦からしてみれば全部同じ。自分が始めたことや辞めたことに対して、他者からの偏見や批判を受け止める必要はないと考えている。

「人生には黒板を消すっていう作業も必要だと思うんですよ。黒板にたくさん文字が書かれているのに、次の授業を始められないでしょ? 1時間目から4時間目までずっと、書いたり消したりですよね。一度黒板を消して、休み時間に入って、また授業が始まる。ぼーっとする休み時間も必要なんです。覚悟を決めて挑戦するためには、まず自分自身が容量オーバーになってはいけないと思うんです」


Takamasa Abiko
1978年神奈川県生まれ。新磯高校3年時に単身でブラジルに行き、19歳でグレミオ・マリンガとプロ契約。しかし、リーグ戦開幕直前に前十字靱帯を断裂して帰国。その後、清水エスパルスとサガン鳥栖の入団テストを受けるも不合格となり2003年に25歳で現役引退。指導者や通訳などを経て’17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、’18年3月にJ2水戸ホーリーホックと40歳でプロ契約。’19年にはJ3のY.S.C.C.横浜に移籍し、同年開幕戦の鳥取戦に41歳1ヵ月で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録を更新した。’20年限りで現役を引退し、格闘家に転身。ここまで3戦3勝。2月16日に開催されるRISEへの初参戦が決定した。

Vol.1「なぜ無謀な挑戦を続けるのか」
Vol.2「なぜ批判をものともしないのか」
Vol.3「なぜお金を捨てて生きて行こうと思ったのか」
Vol.4「なぜ悪あがきを続けるのか」

TEXT=鈴木 悟(ゲーテ編集部)

PHOTOGRAPH=吉場正和

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