安彦考真(あびこ・たかまさ、43)は”挑戦モンスター”と呼ばれる。40歳を目前にした2017年、すべての仕事を辞して若き頃に断念したJリーガーを目指し、その翌年に年俸ほぼゼロ円で契約を掴んだ。’20年にはJリーガーを引退。格闘家に転身し、国内最大級のイベントRIZINを目指すという次なる目標を掲げた。あまりにも無謀な道標(みちしるべ)に見えるが、当の本人は実現を信じて疑わない。なぜこの男は挑戦に狂うことができるのか。その思考回路を本連載「熱狂の道標」で解き明かしてみたい。
Vol.3「Jリーガーから格闘家となった43歳は、なぜお金を捨てて生きて行こうと思ったのか?」
第4回「"孤独"と"唯一無二"は表裏一体」
Jリーガーとしての最終試合となった2020年12月20日。ニッパツ三ツ沢競技場で行われた引退セレモニーで安彦は、格闘家に転身することを宣言。2021年大晦日開催のRIZINのリングに立つことを目標に掲げた。それから1年が経過。来る日も来る日もトレーニングを重ね、元K1王者の小比類巻貴之がプロデュースする「EXECUTIVE FIGHT~武士道~」で3戦3勝とアピールするも、現時点でRIZINからのオファーは告げられていない。本人の心境はいかほどのものだろうか?
「大晦日がなければ次どうするか。諦めるな、立ち上げれ。まだ打ち手はある。大晦日がすべてではなく、まだまだこれから先にオファーがあるかもしれない。年末に限らずRIZINという舞台に一度は立ってみたい。さまざまな大会に出て、さまざまなファイトスタイルを見せて、もっともっと話題を作って"面白い"と思ってもらわなきゃいけない。とにかく何かやって目に留めていただかないと。RIZINに安彦考真を出さざるを得ないという状況を作ります。もちろん、12月31日のイベントが始まるまではすぐに出れるように準備していますよ」
諦めたらそこで試合終了と名作漫画は言うが、そんなセリフさえも寄せ付けないほどこの男はこれでもかというほど前を向き続ける。挑戦者として誰かに何かを伝えたいという思いが強いからこそ、成し遂げる前に「ここで終わってはいけない」という自浄作用が働くのだろう。助けてくれる人はいるが、挑戦する時はいつもひとり。では、どんなに孤独でも不安を抱かずに闘い続けられるのはなぜか。その極意についてこう説明した。
「何か大きなことに挑戦するというのは、イメージでいうと長い長いトンネルをひとりでカリカリ掘る作業なんです。トンネルって掘れば掘るほど、なかなか掘れないもの。挑戦の最初もそうだと思います。掘って前に進んでも、後ろを振り返れば元にいた場所は明るいから、いつでもすぐ帰れる。でも、もっとカリカリ掘っていくと、スタート地点の明かりはだんだん暗くなるし、そこで帰っちゃう人が一番多いと思うんです。でも、挑戦者はそれでもまだ掘り続けるんですよ。そしてある時、ついに真っ暗になる。この瞬間が孤独です。右も左も北も南も分かんない。挑戦者が一番怖くなるところですね。それでも掘り続けた先に、目の前からちょっとした1本の光が差し込む。そこからは早い。トンネルを開通させた瞬間に、光がさーっと通って、一気に真っ暗だった後ろの道も明るくなる。要するに、過去は変えられるっていうのは、こういうことなんだなって思います」
39歳の時にすべてを捨ててJリーガーという大きな目標に挑んだ。ひたすらカリカリとひとりでトンネルを掘り続け、有言実行した。すると「古傷のせいでJリーガーになれなかった」という20代の頃から10年以上ついてきた嘘の意味合いが変わった。嘘を認め、Jリーガーという夢を叶えた時、目の前から新しい光が差し、過去まで明るくなった。想像以上の体験だった。今、安彦は再びRIZIN出場という目標に向けてカリカリと掘り続けている。
「自分は孤独だと思うんですけど、実はカリカリやってる作業を待ってくれていたり、想像してくれている人たちがいるんですよね。それが、この先トンネルを出たときに応援者としてうわーっと集まってくれるので、"孤独"と"唯一無二"は表裏一体なんだと僕は思っています」
孤独にトンネルを掘るなかで生み出される「唯一無二」。それは、実際に体験した人物にしかたどり着けない境地なのではないだろうか。
「真っ暗なところからトンネルを開通させた人が、唯一無二のオリジナリティを出せるんだと思います。何も見えなくなってる。そこから、どうやって次の光に向かって作業するのか。開通させて初めて"最初にここを掘ったの、俺だよ"って言えると思うんです。怖くなると、諦めたり、明るいほうに戻っちゃうじゃないですか。それを行かずに頑張れる人が、挑戦者の条件だと思っています。一気に"すとん"っていく瞬間が、僕もあったんで」
確かに泣かず飛ばすと周囲から評価されていた人間が、突然のように「化ける」という瞬間は事例としてある。安彦の理論からいうと、そのような人物というのは、決して突然、化けたのではなく、必ずカリカリとトンネルを掘り続けてきた孤独な挑戦者なのであろう。
「決して他者から求められるものに対して我慢してなし得た結果ではなくて、自分がやりたいと思った時に暗くて苦しくてつらいけど、それを耐え抜いた我慢によって人は化けるんだと思います。"おっさんJリーガー"というひとつのトンネルを開通させた経験やノウハウを得た今、僕はこう思います。可能性が見えそうなところにいる時が挑戦の一番面白いところ。すべての物事は手に届くか届かないかのギリギリの距離だと思う。その差を埋められるのは自分の飽くなき精神と悪あがき。人生、悪あがきですよ。それは、挑戦者の専売特許だと思います」
Vol.5に続く
Takamasa Abiko
1978年神奈川県生まれ。新磯高校3年時に単身でブラジルに行き、19歳でグレミオ・マリンガとプロ契約。しかし、リーグ戦開幕直前に前十字靱帯を断裂して帰国。その後、清水エスパルスとサガン鳥栖の入団テストを受けるも不合格となり2003年に25歳で現役引退。指導者や通訳などを経て’17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、’18年3月にJ2水戸ホーリーホックと40歳でプロ契約。’19年にはJ3のY.S.C.C.横浜に移籍し、同年開幕戦の鳥取戦に41歳1ヵ月で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録を更新した。’20年限りで現役を引退し、格闘家に転身。ここまで3戦3勝。
Vol.1「なぜ無謀な挑戦を続けるのか?」
Vol.2「なぜ批判をものともしないのか?」
Vol.3「なぜお金を捨てて生きて行こうと思ったのか?」