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2023.03.09

21世紀半ばには、細胞老化と発がんを人為的に防げるようになる!?【堀江貴文】

ライフワークとして、最先端医療の取材を研究者たちに続けている実業家堀江貴文「人工冬眠」や「人の意識の機械移植」など、一瞬SFかと見紛うような医療の最前線をまとめた書籍『不老不死の研究』(2022年12月刊)より、一部抜粋してお届けする。第1回は細胞の老化と発癌の関係性について。

堀江貴文・短期集中連載「不老不死の研究」

がん化した細胞の多くは、細胞老化を起こすことなく無限に分裂する

風呂に入って体をゴシゴシ洗うと、人間誰しもアカがたくさん出てくる。韓国式アカスリに出かけようものなら、こんなに老廃物が溜まっていたのかと愕然とするほど、ボロボロとアカが出る。それでも翌日か翌々日になれば、また次のアカが出てくるから不思議だ。

爪だって、1週間か10日も経てば伸びてきてジャマになる。先端部分は色が変わって「早く切ってくれ」と言わんばかりだ。

生きている限り、人体は細胞分裂を激しく繰り返す。この事実を、日々の生活を通じて誰もが実感しているはずだ。

大阪大学微生物病研究所(遺伝子生物学分野)の原英二教授は、細胞分裂の過程で起きる「細胞老化」という現象と発がんの関係性に関心をもち、長年にわたって研究に取り組んできた。

「ただ一つの細胞である受精卵が細胞分裂を繰り返し、200種類60兆個の細胞によって人体は形成されています。成人になると多くの細胞は分裂を止めますが、一部の細胞は分裂を止めません。たとえば皮膚の上皮細胞は、盛んに増殖を続けます。傷ができれば、修復するために細胞の増殖を再開するのです」(原教授)

1950年代に「細胞は無限に分裂できるのか」という疑問をもった研究者がいた。ヒトの組織から「線維芽細胞」と呼ばれる部位を取り出し、シャーレの中で人工的に培養を開始したそうだ。すると50~60回細胞分裂した段階で、増殖をストップしてしまったという。

「細胞分裂をカウントする仕組みがあり、50~60回しか細胞分裂できないようにもともとプログラムされているのではないか。こういう仮説のもと、細胞分裂が止まる現象が『細胞老化』(cellular senescence)と名づけられました」(原教授)

興味深いことに、正常な細胞は何十回か細胞分裂を繰り返すと「細胞老化」が始まる。

ところが、がん化した細胞の多くは、細胞老化を起こすことなく無限に分裂が可能なのだ。

「もしかすると細胞老化は、正常な細胞が必要以上に細胞分裂を繰り返し、がん化することを防ぐための抑制機構ではないのか」という仮説を研究者は抱く。研究はさらに進んでいった。

細胞老化のトリガー「テロメア」 細胞の自殺「アポトーシス」

1980年代に入ると、テロメア(telomere)の研究が盛んになっていく。テロメアとは、染色体の末端に位置する塩基の繰り返し配列だ。細胞分裂を繰り返すと、まるでクシの歯が欠けるように、この繰り返し配列が短くなっていく。

「このテロメアこそが、細胞がこれまで何回分裂しているのかをカウントしている機構ではないのか」「テロメアの長さが極限まで短くなったとき、細胞増殖が止まって細胞老化を引き起こすのではないのか」と考えられるようになっていった。

「1980年代後半から、細胞老化を直接誘導する遺伝子の研究が進んできました。野田朝男博士(現在は放射線影響研究所に所属)は、p21という遺伝子が細胞老化の誘導に重要だという事実を発見しています。私たちのグループは、p16という遺伝子が細胞老化のトリガー(引き金)であることを突き止めました」(原教授)

人体が発がんの危険性にさらされると、テロメアが短小化したときと同じように、細胞老化とよく似た現象が起きる。発がんの危険を回避するため、細胞分裂を抑制する遺伝子が働くのだ。

「正常な細胞分裂は、G0→G1→S→G2→Mという周期で進みます。この過程で、細胞分裂に異常がないかを調べるチェックポイントがあるのです。異常が起こるとチェックポイントが活性化され、p21遺伝子が指令を出して細胞増殖をストップさせます。そして異常を修復するのです。修復できないレベルの異常が起こるとp16遺伝子までもが作動し、細胞老化が始まります。さらに異常が大きくなると、細胞が自殺する現象(アポトーシス=apoptosis)が起こります」(原教授)

細胞老化とアポトーシスは、人体にとって重要ながん抑制機構なのだ。

「野生型のマウスは2~3年生きます。p16遺伝子とp21遺伝子が両方欠損したノックアウトマウスは、生まれつき細胞老化が起こりにくい生体です。このノックアウトマウスは、1年くらいでバタバタ死んでしまいます。おなかを開いてみるとがんだらけです。マウス実験によって、細胞老化は重要ながん抑制機構であることが証明されました」(原教授)

老化した細胞が、加齢とともに体の中にたくさん溜まっていくとどうなるのだろう。無害であれば問題ないが、細胞老化を起こした細胞は、残念ながら無害ではない。炎症やがんを引き起こす物質をたくさん分泌する。SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype=細胞老化関連分泌現象)だ。

若いときには、細胞老化はがん抑制機構として人体を守ってくれる。しかし細胞老化が進んだ「細胞のおじいちゃん」が体の中に溜まりすぎると、SASPによって慢性炎症を引き起こし、生体の機能低下を促進する。と同時に、がんのような加齢性疾患を引き起こすことがわかってきたのだ。

老化細胞除去薬(セノリティックドラッグ)が引き起こす深刻な副作用

具体的に、どういった外的要因が細胞老化をスピードアップさせるのだろう。酒やタバコを過剰に摂取すると、DNAにダメージを与えて細胞老化を引き起こす原因となる。このあたりは、読者の多くに思い当たるフシがあるはずだ。

「だけどマウスは酒もタバコもやりませんよね。暮らす環境はラボの中ですから、マウスは外的要因には触れません。にもかかわらず、歳を取ると細胞老化が起こるのです。

そこで私たちは食事に着目しました。食事を過度に摂り続けて肥満状態になったマウスは、腸内細菌が変わります。非常に毒性が強い二次胆汁酸が増えて肝臓に運ばれ、肝臓にある肝星細胞(発見者の名から「伊東細胞」とも呼ばれる)に細胞老化を引き起こし、SASPを介して周囲の肝実質細胞ががん化していくことがわかりました。これが肝がんの原因となります。食事によって腸内細菌が変わることが、細胞老化の原因の一つだったのです」(原教授)

これまで世界では、約20種類の老化細胞除去薬(セノリティックドラッグ)が開発されてきたそうだ。この薬を老化細胞に加えると、低濃度であっても老化細胞を除去してしまうことがわかっている。肥満マウスにセノリティックドラッグを投与したところ、細胞老化を起こした肝星細胞が減り、肝がんの発症率が著しく下がったそうだ。

「一般的な抗がん剤は、正常な細胞もがん細胞もアトランダムに傷をつけてしまうデメリットがあります。でも、分子標的薬が効かないがんには、抗がん剤治療なり放射線治療なりで対抗するしかありません。

しかし、治療してもがん細胞の一部が生き残り細胞老化を起こし、SASPを介してがんの再発を引き起こす可能性があります。抗がん剤治療や放射線治療を終えたあと、老化細胞を除去するセノリティックドラッグを投与すれば、がんの治療効果が高まるのではないか。マウスを用いて調べてみたところ、がんの増殖が低く抑えられることがわかりました」(原教授)

体内に溜まった老化細胞を、セノリティックドラッグによって除去する。そうすれば、体の中に有害な老化細胞が溜まらず、健康寿命が延ばせるのではないか──。しかし残念ながら、良い話ばかりではない。

「フランスの研究者から、老化細胞をきれいに除去してやったマウスの体がボロボロになり、安楽死させなければいけない副作用が出たという報告がありました。セノリティックドラッグの使用はメリットがあると同時に、悪影響が大きすぎるのかもしれません。

今すぐ私たちにできる対策は、細胞老化を引き起こす原因を特定し、細胞老化を防ぐライフスタイルを追求することです。病気にかからず、健康寿命を延ばして早死にしない。そのために、日々の地道な努力が大切です」(原教授)

ハダカデバネズミやチョウザメが長生きである理由

国立天文台が毎年発刊している『理科年表』という資料集によると、脊せき椎つい動物の最長寿命はチョウザメ(152年)だそうだ。アフリカゾウやインドゾウは80年生きる。最も長生きのウナギは88年も生きたそうだ。「鶴は千年、亀は万年」なんていうことわざもあるとおり、生物の種類によっては人間よりも老化のスピードが遅く、100年以上生きるものがザラにいる。

これらの生物について解析を進めれば、人間が健康長寿で生きるヒントが見つかるのではないか。

「普通のマウスは皆2~3年で死んでしまいますが、ハダカデバネズミというマウスは30~40年も生きます。トンネルのような長い巣穴の中で暮らしていますから、彼らはおそらく日光にはまったく当たりません。酸化的ストレスが少ないことが理由ではないかと言われていますが、長生きの理由は不明です。老化しにくい。がんにかかりにくい。こういう生物は、我々とは違う形で細胞老化が進んでいるのかもしれません」(原教授)

ハダカデバネズミやチョウザメのメカニズムから、健康長寿の秘訣が見つかったらおもしろい。世界中の生物学研究者にがんばってもらいたいものだ。

何はともあれ、ヘビースモーカーの読者は早めにタバコをやめよう。お酒をたくさん飲みすぎない。食べすぎない。適度な運動を心がける。この点は、毎日会食が続く私にとっては耳が痛いが……。

「昔のシークエンサー(sequencer)は、DNAの塩基配列を読みこむまでに長い時間がかかりました。最新の次世代シークエンサーは、わずか数時間で大量のDNA配列をバババーッ! と読みこめるのです。世界の老化研究は、幾何級数的にスピードアップしながら進展しています」(原教授)

生活習慣病を防ぐ地道な努力を重ねながら、研究者の時間を稼ごう。あと20年、30年経てば、副作用が少ない画期的なセノリティックドラッグが開発されるかもしれない。21世紀半ばになれば、もしかすると細胞老化と発がんを人為的に防げるようになっているかもしれないのだ。

堀江貴文連載「金を使うならカラダに使え!」 不老不死

『不老不死の研究』
¥1,650 幻冬舎
堀江氏が予防医療普及協会理事として、最先端の研究・臨床を行う数多くの医師、専門家に取材を実施。「がん新薬の革命」「テストステロン補充」「心の科学」「見た目をアップデート」など、幅広いテーマで深く濃い情報が詰まった唯一無二の健康本。

 
▼「細胞の老化と発がんについて」を動画で見る▼

TEXT=堀江貴文、予防医療普及協会

PHOTOGRAPH=片桐史郎(TROLLEY)

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