今、チェックしておきたい音楽をゲーテ編集部が紹介。今回は、小野リサの『Sue Ann – Homage to Antonio Carlos Jobim』。

無機質な音のキャンバスに音の絵筆で淡い景色を描いていく
リオ・デ・ジャネイロの光、潮の香り、街並みが感じられる作品集。ブラジルで生まれ育ったボサノバのシンガー、小野リサがレジェンド、アントニオ・カルロス・ジョビンをオマージュした。
ブラジルでは、情熱的なサンバに対し、ボサノバは知的な層を中心に聴かれてきた。譜面上無機質な音数の少ない楽曲が多いが、その“音のキャンバス”に歌い手や演奏家が“音の絵筆”で風景や物語を描いていく。だから同じ楽曲でも演者やアレンジが違えば見える景色が違う。心が温まったり、逆に哀しみや切なさや儚さを覚えたり。
小野の声もギターも水彩画だ。ピアノに寄り添われ、励まされ、淡い情景を描いていく。その象徴が中盤の「ヴィヴォ・ソニャンド」ではないか。果てしなく遥かに伸びる水平線や島や船を揺らす陽炎を感じられる。
全12曲中「想いあふれて」など3曲でレジェンド、渡辺貞夫がアルトサックスでジャズの味つけをする。時にミュートがかかり、肉声のように響き、小野の声とデュオで歌っているよう。楽曲も編成も、ボサノバの金字塔『ゲッツ/ジルベルト』のジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツ、そしてジョビンの空気感が蘇るようだ。

『Sue Ann – Homage to Antonio Carlos Jobim』
ユニバーサル ミュージック¥3,520。
ジョビンの名曲をピアニスト林正樹とのデュオで録音。12曲収録。ライナーノーツは村上春樹。2026年7月17〜20日ブルーノート東京で公演。詳細はこちら
Kazunori Kodate
音楽ライター。近著は『不道徳ロック講座』(新潮新書)、『ジャズ・ジャイアントたちの20代録音「青の時代」を聴く』(星海社)。他に『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』(新潮新書)など多数。

