ポルシェ911にハイブリッドモデルが加わった機会に、この歴史的名車の60年の歴史を振り返ってみたい。
ドイツ車の歴史は、ポルシェ博士の歴史
1963年に発表されたポルシェ911は、ポルシェの創設者であるフェルディナント・ポルシェ博士の長男であるフェリー・ポルシェが中心となって開発したモデルだ。ただし、このクルマを正しく理解するには、ポルシェ博士の功績に遡る必要があるだろう。
1875年に当時のオーストリア/ハンガリー帝国のボヘミア(後のチェコスロバキア)で生を受けたポルシェ博士は、1923年にダイムラー・ベンツの技術部長として迎えられる。そこで傑作スポーツカーやエンジンの名機を次々と生み出し、メルセデス・ベンツがプレミアムブランドになる礎を築いた。
1930年に独立してシュトゥットガルトに設計事務所を構えると、アウトウニオン(後のアウディ)のレーシングマシンや、ビートルの愛称で親しまれたフォルクスワーゲン・タイプ1を発表する。つまり、ポルシェ博士の存在があったからこそ、ドイツは自動車大国として栄えたのだ。
そしてフォルクスワーゲン・タイプ1をベースに、前出のフェリー・ポルシェがスポーツカーを開発する。これがポルシェ911の前身にあたるポルシェ356で、1948年にデビューしている。ポルシェ911の特徴は、水平対向エンジンをリアに積むレイアウトにあるけれど、もともとはポルシェ博士がフォルクスワーゲン・タイプ1に採用したアイデアだったのだ。
ポルシェ356は、ルマン24時間レースなどモータースポーツで活躍することで名声を高めた。
パフォーマンスと環境性能の二兎を追ってきた
フェリーがエンジニアリングを担当し、その長男、つまりポルシェ博士の孫にあたるフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェがデザインを描き、新世代のスポーツカーとして、初代ポルシェ911が1963年に誕生した。当時の資料によると、排気量1991ccの空冷水平対向6気筒エンジンは、最高出力130psを発生、最高速度は210km/hとある。
ちなみにこのエンジンを開発したエンジニアのひとりが、後にフォルクスワーゲン・グループの総帥として君臨したフェルディナント・ピエヒ。ピエヒもやはりポルシェ博士の孫(長女の長男)にあたるから、ドイツ自動車産業はやはりポルシェ博士の影響下にあるのだ。
初代ポルシェ911は、2代目に比べて車幅とトレッド(左右のタイヤの間隔)が狭いことからナローと呼ばれることもあれば、開発コードからタイプ901と呼ばれることもある。
そして1973年にタイプ901はタイプ930へと進化を果たす。
タイプ930は、外観的には北米の安全基準を満たすための大型バンパー、いわゆるビッグバンパーが装着されていることが特徴。メカニズム的には、1975年にポルシェ911として初めてターボエンジンがラインナップされることがトピックだった。
タイプ930は改良を加えながら、1989年まで生産され、同年、タイプ964にバトンタッチする。タイプ964はパワーステアリングやABSが搭載されるなど、大幅にモダナイズされた。なかでも、一番の話題は4輪駆動のカレラ4が加わったことと、オートマチックトランスミッションのティプトロニックが選べるようになったことだろう。特にティプトロニックの追加は、ポルシェ911のファン層を拡大することにつながった。
4代目のポルシェ911であるタイプ993が登場したのが1994年。当時は、リアのサスペンション形式をより先進的なマルチリンク式に改良したことがニュースになった。けれども現在では、タイプ993が最後の空冷エンジンとなったことが話題になることが多い。空冷エンジン特有の乾いた音、スウィートスポットに入った時のゾクゾクするような回転フィールなど、いまも空冷エンジンのファンは多い。ただし、騒音や燃費といった規制をクリアすることが難しく、このタイミングで水冷化されることになった。
1998年、タイプ993の生産終了とともに、それまで約半世紀にわたって作られてきたポルシェ製空冷エンジンにも終止符が打たれた。
空冷エンジンから水冷エンジンへの移行という、ポルシェ911の歴史の中でも最大の変更を受けたタイプ996がデビューしたのが1998年。エンジンの冷却方式が変わることで、ボディも基本骨格から仕立て直されている。
「水冷エンジンの911なんて……」と冷遇されることもあるけれど、個人的にはタイプ996はスポーツカーとしてバランスよくまとまっていて、“911の味”も充分に楽しめると考える。空冷モデルほど価格が高騰していないことも魅力で、狙い目だ。
2004年にバトンを受けた第6世代のタイプ997は、先代のタイプ996の正常進化版。ただしヘッドランプの形状など、デザイン的には少し先祖返りしている。
タイプ997のトピックは、2008年のマイナーチェンジのタイミングで新開発の直噴エンジンが加わったことと、ティプトロニックがPDK(ポルシェ・ドッペル・クップルング)というデュアルクラッチ式トランスミッションに移行したこと。直噴エンジンは燃費を悪化させずにパワーアップする技術であり、PDKはエネルギーを効率よく車輪に伝える(=省燃費)のための技術だ。
2011年に第7世代のタイプ991が登場。2015年のマイナーチェンジのタイミングで、一部の特別なモデルを除き、エンジンがターボ化される。燃費規制に対応するための措置で、排気量を縮小して効率化を図り、パワーを補うためにターボチャージャーを装着している。
こうして振り返ると、エンジンの水冷化を筆頭に、ポルシェ911の歴史はパフォーマンスの向上と環境問題への対応を両立させる取り組みの連続だったといえる。
だから2018年に発表された現行のタイプ992に、ハイブリッドモデルが追加されたのも、これまでの経緯からして当然の流れだ。興味深いのは、ポルシェがハイブリッドモデルにGTSという、スポーティなグレードを与えたこと。このハイブリッド技術はもともとポルシェがレースで培ってきたものであり、ただの省燃費技術ではなく、高性能を実現するための技術であるとアピールしているのだろう。
最後に、もう一度フェルディナント・ポルシェ博士の偉業に話を戻したい。
ダイムラー・ベンツの技術部長に就任する前、ウィーンの帝室馬車工房ローナー社に勤務していた25歳のポルシェ博士が開発したクルマは、エンジンで発電してモーターで走るハイブリッド車だった。当時のバッテリー技術では実用化できなかったけれど、ポルシェ博士は1900年、いまから100年以上も前からモーターの長所を見抜いていたのだろう。ポルシェ911初のハイブリッド車であるGTSの感想を、博士に訊いてみたい。
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ポルシェ・ジャパン https://www.porsche.com/japan/jp/
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。