電気自動車に注目が集まりがちであるけれど、燃料電池にも大いなる可能性があるのではないか。トヨタのクラウン(FCEV)に試乗して、そんなことを考えた。 ■連載「クルマの最旬学」とは
静かで滑らかな加速と、トップクラスの乗り心地のよさ
静かで滑らかな加速感はBEV(バッテリー式電気自動車)とまったく同じ、水素の充填の手間暇はほぼエンジン車と同等。これが、トヨタ・クラウンのFCEVに乗って得た感想だ。
この連載でお伝えしたように、現行のクラウンには4つのスタイルがある。そのなかで4ドアセダンがクラウンと呼ばれ、このモデルにだけFCEVが用意される。
FCEV(Fuel Cell Electric Vehicle)とは直訳すると燃料電池電気自動車。燃料電池と聞くとバッテリーの一種だと勘違いしがちであるけれど、発電装置だ。発電の原理は、水に電気を通すと酸素と水素が発生した理科の実験の逆。すなわち、搭載した水素を大気中の酸素と反応させることで、電気と水が生まれるのだ。
ここから先はBEVと同じで、発電した電気をバッテリーに蓄え、モーターを駆動して走る。したがってクラウン(FCEV)の走行感覚がBEVと同じというのは当然なのだ。
かつてのFCEVは、タンクに蓄えた水素を発電装置に送り込む高圧ポンプの音が耳についた。けれども1990年代からFCEVの開発に取り組んできたトヨタだけあって、しっかりとした遮音対策でこのノイズを封じ込めた。ちなみにクラウン(FCEV)は、すでに販売されている同社のFCEV、2代目のMIRAIと共通の基本構造を用いている。こなれた仕上がりになっているのは、こうした背景がある。
運転席で感じるのは、圧倒的な静かさとスムーズでリッチな加速力。そして、つい燃料電池やパワートレインに目を奪われがちになるけれど、乗り心地のよさにも感銘を受けた。路面からの衝撃を上手にいなすしなやかさと、常に安定した姿勢を保つしっかり感が高いレベルで両立している。トヨタ車に限らず、現在販売されている乗用車のなかでもトップクラスの快適な乗り心地だ。
興味深いのは「REAR COMFORT(リア・コンフォート)」というドライブモードで、電子制御で足まわりのセッティングを変更することで、後席の乗り心地がソフトになる。現行クラウンには4つのスタイルがあると記したけれど、このクラウンがショーファーカーの役割を担うのだ。
3000mmという長いホイールベース(前後輪の間隔)を利して、後席は足が組めるほど広いから、快適な乗り心地と静粛性とがあいまって、後席に座る方は大いに満足するだろう。
水素の充填は至って簡単
FCEVということで多くの方が興味を持つのは、「水素の充填ってどうなの?」という点だろう。今回は水素の充填も試してみたので、報告したい。
場所はイワタニ水素ステーション芝公園で、そのたたずまいはガソリンスタンドと大差ない。予約の必要もなく、クラウンを乗り入れるとスタッフの方が停車位置を案内してくれる。クレジットカード決済で、さくっと充填が完了するのもガソリンスタンドと同じだ。最近のセルフ・スタンドのように自分の手で充填することはできなかったけれど、入店、充填、精算の段取りはいたってシンプルで使いやすい。
試乗車は水素がほぼ満タンだったのでたいした量は入らなかったけれど、クラウンのタンク容量141ℓ、約5.6kgの水素をフルに充填するとしても要する時間は3分程度だという。3分で満タンにすると、800km以上は走る。
2024年5月中旬時点での岩谷産業の水素の価格は1kgあたり1,210円だから、5.6kg充填すると6,776円。これで800km走るとすると、1kmあたりの燃料コストは8.47円。
レギュラーガソリンの価格を1ℓあたり160円で換算すると、1ℓで20km走るガソリン車の1kmあたりの燃料コストが8.0円。FCEVの車両価格が高価なことは考慮する必要があるけれど、燃料のコストという観点では、いい勝負だと言えるだろう。
ただし、水素ステーションの数は全国で約160カ所と、予定ほどは増えていない。関東地方を見ると、東京都内には15カ所あるものの、栃木県内には1カ所しか存在しない。FCEVの普及は、水素ステーションというインフラの整備が欠かせないのは言うまでもない。
いっぽうで、もし水素ステーションが増えると、かなりおもしろいことになる。水素ステーションに定置型の高効率の燃料電池を置けば、そこで発電ができるのだ。つまり水素ステーションでは、FCEVだけでなく、BEVもPHEV(プラグインハイブリッド車)も充電ができるということになる。
さまざまな場所で言及されているけれど、水素エネルギーには大きな可能性がある。資源としてほぼ無尽蔵だし、晴れた日中に太陽光パネルで発電した電力を水素に変換しておけば、雨の日や夜間でも使えるわけで、再生可能エネルギーを増やすことにも貢献する。
というわけで、トヨタ・クラウン(FCEV)は快適で上質というだけでなく、水素社会についても考えさせられるクルマだった。そんなことを考えていると、イワタニ水素ステーション芝公園には、次から次へと新旧のトヨタMIRAIがやって来る。思っていたよりも多くのFCEVが東京を走っているのだ。
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サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。