ART

2025.06.03

殺人を犯した鬼才・カラヴァッジョの名画に、大阪・関西万博で再会

たった1枚の絵を見るために、ヨーロッパの小さな町に飛ぶなどということもときにはあるくらいだから、大阪・関西万博にカラヴァッジョの絵が来てるとなれば、何があっても駆けつけねばなるまい。今回はたまたま別の仕事もあって、すんなりとこの絵との再会を果たした。カラヴァッジョの《キリストの埋葬》。この画家が前途洋々だった時代の作。

カラヴァッジョの《キリストの埋葬》

大阪・関西万博 イタリア館で展示中

4月のうちに大阪・関西万博に行ってきた(万博は2025年10月13日まで開催)。取材するべきものが一つあって、それは半日ほどで済んだので、ぜひ行きたいと思っていたイタリア館に行った。ヴァチカン美術館にあるカラヴァッジョの《キリストの埋葬》がきているからである。

カラヴァッジョは本名ミケランジェロ・メリージ。1571年9月29日、ミラノ生まれ。父がその地のカラヴァッジョ侯爵家に仕えていたことからこれを画家名とした。早くから天才の名を欲しいままにしたが、気性の激しさから人を殺めてしまい、刑から逃れるため流浪の旅を続ける。1610年没、享年38歳。

彼の絵に一度魅せられると、ローマなど大都市ばかりでなく、マルタ共和国、シチリアのいくつかの町などへの旅が待っている。僕もその一人だ。

カラヴァッジョの《キリストの埋葬》
カラヴァッジョ《キリストの埋葬》1602-04年 ヴァチカン美術館

この絵《キリストの埋葬》は、何年か前にヴァチカンに行ったときに見た。そのときは僕がローマ、ヴァチカンに旅をしたわけだが、今回は絵の方が僕の住んでいるこの国にやってきてくれた。万博開幕間もないころだったが、イタリア館に入るために1時間半ほど並んだ。その前の取材がどれくらいかかるかわからず予約ができなかったためだ。

1602〜1604年、カラヴァッジョが30代になって早々に描かれたこの《キリストの埋葬》は彼の生前から高く評価された絵だったそうだ。もともと、オラトリオ会の総本山であるキエーザ・ヌオーヴァ(サンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ聖堂)のヴィットリーチェ礼拝堂の祭壇画だった。1797年にナポレオン軍が接収してフランスに送られた。一時、ルーヴル美術館に展示されていたこともあった。返還後はヴァチカンに入って現在に至る。

ローアングルの構図である。キリストが墓に入れられようとしているが、教会ではそれぞれ高い位置に架けられ、あたかもキリストが祭壇上に下ろされるような視覚効果があったのだろう。キリストの埋葬シーンは新約聖書では「マタイによる福音書」27章57〜61節で語られる。

のちに復活するとはいえ、このときのキリストの体は埋葬されるところである。キリストの脇を支える者の手にはこの体の重みが感じられる。体の重さと、受難の重さをも表しているのだろうか。下半身、足を抱えもっている男はこちら(鑑賞者)を見ている。演劇で役者がするように。これによって、絵の中の人物と鑑賞者との心理的な絆を結び、イエスの死がこちらにも切実に関連することのように迫ってくる。

カラヴァッジョの《キリストの埋葬》
左の女性は聖母マリア。憔悴し老け込んだ姿で描かれている。右はクレオパのマリア。

今回、万博のイタリア館では、《ファルネーゼのアトラス》(ナポリ国立考古学博物館所蔵)やドメニコ・ティントレット《伊東マンショの肖像》(ミラノ、トリヴルツィオ財団所蔵)などが展示されている広い部屋と、レオナルド・ダ・ヴィンチのアトランティコ手稿が見られるスペースの間の繋ぎのような部屋に《キリストの埋葬》は展示されていて、絵にかなり近づいて見ることができる。

カラヴァッジョはこの絵を描いた数年後、1606年5月29日、とうとう殺人を犯し、自らも傷を負って逃亡生活に入った。逃亡先では庇護者の世話になり、各地に絵を残しながら、教皇に恩赦を乞うための絵を描いたが、熱病に倒れ、この世を去る。病など得なければ、そもそも殺人を犯さなければ、才能を持て余さなければ、など仮定の話はやめておこう。殺人を犯すほどのエキセントリックな人間が、時代を超えて人々の信心を集める絵を描く矛盾あるいは不思議、あるいは納得のいかなさ。それこそが彼の絵をなおさら魅力的にしているのである。

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

TEXT=鈴木芳雄

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