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ART

2023.11.21

世界的アーティスト・松山智一、マイノリティ作家から開花するまでの独自戦略に迫る

画家・松山智一を知っているだろうか? 現代アートの都、ニューヨークでマイノリティ作家である彼が自分の表現を切り拓き、世界のアートシーンで頭角を現し、超人気作家となっていった。青森県の弘前れんが倉庫美術館で、日本の公立美術館初の大規模個展となる「松山智一展:雪月花のとき」開催のため帰国した彼にインタビューをした。 ■連載「アートというお買い物」とは

「松山智一展 雪月花のとき」出典作品
松山智一《We Met Thru Match.com(出会い系サイトで知り合った)》2016年 ナンシー・シャトリット氏蔵

ニューヨークで人気に火がついた現代アーティスト

画家・松山智一がニューヨークを拠点にしたのは、9.11(2001年)の直後だった。なので、すでに20年以上、ニューヨークで活動しているのだが、ここ数年の彼の世界的な活躍は目を見張るものがある。アメリカ、香港、日本でパブリックアートを設置。大規模個展「松山智一展:雪月花のとき」が弘前れんが倉庫美術館で開催されている。

この展覧会のために描き下ろされ、展示としては最後のセクションに置いた作品《Black Mau, Yellow Beuys》から話は始まった。

「松山智一展 雪月花のとき」展
「松山智一展:雪月花のとき」(弘前れんが倉庫美術館での会場風景) Photo: Osamu Sakamoto
「松山智一展 雪月花のとき」出典作品
松山智一《Black Mao, Yellow Beuys(ブラック毛沢東、黄色ヨーゼフ・ボイス)》2023年 作家蔵

「インテリア雑誌などを引用することはあります。もちろん、内容や図案は全部変えていますが。たとえばこのカーペットはまったく違うものでしたけど、ウィリアム・モリス調の柄にしています。背景のタイルも中国絵画をあしらいました。

この作品は最初、狩野派の花鳥図の屏風の引用が念頭にあって。インテリアの雑誌の写真を線対称にして描き直していて、内容、構成が変わってますが、実際すべてサンプリングを行います。アンディ・ウォーホルの図録を見ていたときに、たまたまこの色の毛沢東を発見したんです。あ、黒人の毛沢東じゃんって。

そうして、まためくっていくうちに、黄色いヨーゼフ・ボイスを見つけたんです。これ、もし仮に毛沢東が黒人で、ヨーゼフ・ボイスが東洋人の黄色人種だったとしたら、歴史はどうなっていたんだろうって思ったんです。

作品っていうのは、自分の主観を入れるものです。僕が子供の頃、一家でアメリカに渡り、その後、いったん帰国して、僕は日本の大学を出ました。父はのちに牧師になったんです。歴史的なキリスト教絵画のなかには光源をドラマチックに使っているものもあります。わかりやすい例だとカラヴァッジョですね。それをちょっとずつ取り入れています。ドラマチックな光源のもと、インテリアを劇場みたいな感じで描いているんです」

「アメリカの独立宣言が要素として入っています。実際の独立宣言を描き直していて、もう一方にはそのときのそれを宣誓したときの絵画を置いています。これ、ジョージ・ワシントンなんですが、2ドル札の裏の絵です。それと聖書。新約と旧約に分けています。アメリカにとっての聖書。キリスト教がプロパガンダの要素なわけですよね。僕は父が牧師だったんで、キリスト教がすごく近い距離にありました。自分の育った根源みたいなものを、最近取り入れるようにしているんです。日本美術の引用だけじゃなくてね」

——日本人のアーティストである松山さんが、アメリカで活動するアイデンティティが発露しているように見えます。

「アメリカという国に僕はウェルカムされて、いろんな葛藤はありながらもこの20年間いたことによって今の自分があります。アメリカがダイバーシティ(多様性)みたいなものを謳っているなかで、この絵でまさしく今を表現できるなと思ったんです。ファッション誌、カルチャー誌に出てくる、たとえば清王朝の王妃が着てた龍のドレス柄だったり、ウィリアム・モリス調だったり、グッチのフローラの柄からのものもあります。このマントのようなものは友禅からの引用なんですね。

さまざまな違う国の文様を置き換えて、そういった違うヒストリーのものを時間や地域や文化っていうものを取り払いたいという思いで融合させたくてつくった、まさしく最新作です。これまでの主に日本美術をなぞるということよりも、いわゆるコンシューマーカルチャー(消費文化)から、キリスト教という自分のバックボーンも作品にしているという意味では、この展覧会の最後の作品にしたいと考えたんです」

「松山智一展 雪月花のとき」出典作品
松山智一《20 Dollar Cold Cold Heart(20ドルに冷えきった心)》2019年 個人蔵

松山智一は1976年生まれ。2002年初めからニューヨークを拠点にしている。ヴィヴィッドな色彩と精緻な描線による絵画が注目され、ダイナミックな彫刻がパブリックアートとして迎えられている。大胆さと繊細さを併せ持った作品たち。モチーフとして、日本や中国、アメリカ、ヨーロッパなどの伝統的な絵画から引用したり、ファッション誌、インテリア誌を参照し、現代の消費社会の産物や日常生活で慣れ親しんだ商品やロゴなどをサンプリングしたイメージが込められる。本展タイトルの中の「雪月花のとき」は白居易の詩の「雪月花のとき、最も君を懐ふ」からとられている。

「松山智一展 雪月花のとき」展
松山智一《Cluster 2020(クラスター 2020)》2020年 個人蔵
コロナ禍の中、スタッフとリモートで連携をとりながら制作した作品だ。

「僕は日本人として海外で活動してますが、どこまで日本人ということを意識しないといけないのか、意識すべきなのかっていうことをすごく考えることがあるんです。僕はニューヨークに行ってから作品制作を始めました。アーティストとして先行していた村上隆さんとか、奈良美智さんを見ると、それぞれ日本人のアイデンティティを前面に出してました。

僕はニューヨークに行って、どちらかというとユースカルチャー、ミクスチュアカルチャー、90年代が育んださまざまな価値観がDIY的な感じで混ざっているものに影響を受けました。日本を出たあとにニューヨークで外国人として、僕なりのひとつ作品の表現ができるようになったというのがあります。

すごく単純なんですけど、そんな90年代のDIY、ミクスチュアのカルチャーに影響を受けているわけで、ファッションデザイナーよりもスタイリスト、ミュージシャンよりもDJっていうのがかっこいいって思う世代だったんです。ファッションで言うと、A.P.C.がリアルクローズをつくるとか。クリエイトするばかりでなく、カスタムしたり、よりよく見せることを追求する世代としての言語があったんです。アートでたとえてみると、リキテンスタインがゴッホを描き直したり、ピカソだったらベラスケスなど何人かの巨匠を描き直したりすることに通じますね」

今回、この展覧会に大きな彫刻作品を展示するために、10トン車7台で作品の運搬を行った。そんな前例はない。特別大きな美術館でもないし、交通の便のいい大都市の美術館でもないのだ。しかも美術館で大規模個展をやる作家としてはまだ若手扱いされても仕方がない。

「そんなん聞いたことねえぞ、若手で、と言われましたね。そもそもまだギャラリーにも入ってない頃、僕らのやってる表現は、現代美術のコンテクストで受け入れてもらえなかったんです。身体性をもって、ニューヨークという場所を自分たちで開拓しながら、表現を模索していきました。で、僕の場合はその中でさらにマイノリティだったので、どうやったら自分の作品をインパクトをもって、見る人の目の中に焼き付けられるかと考えるうちに、作品を徐々に徐々に大きなものにしていくこと、そしてその次段階として、自分のアイデンティティをどう織り込むかって悩んだときに、自分が日本人であるという、それだけでオリエンタリズム、東洋の美術って思われてしまう。それでは不十分で、今現在の自分たちの中のカルチャーで通ずる国際言語でまずは勝負すること、尚かつその上で、日本人やってくれたなっていう表現をしないことには始まらない。そうしなければ僕は何も獲得できなかったんです。

でも、やってもやってもギャラリーのストラクチャーに入れなかったんで、自分で回すシステムをつくっているうちに、スタジオというものを、自分のすべてのプラットフォームにしたんです。うちはスタジオで、自分たちで、たとえば僕の代表作の新宿のパブリックアートは、すべて自分でとり行おうと。構想はニューヨークで練りながらも、しかしいざ実現するとなると、日本は規制が厳しいので、日本の設計者がつくる必要があったんです。僕のひとつの強みは、設計しながらそれをスタジオで翻訳して、構造建築家も入れてやれたこと。日本でつくることができなかったので、それを海外でつくって、法的なこともすべて自分のスタジオで引き受けて、こういうプロジェクトを成し遂げられた瞬間に、関心を集めることができたんです。突然、世界からいろいろ話が来るようになったんですね」

「松山智一展 雪月花のとき」展
松山智一《Wheels of Fortune(ホイールズ・オブ・フォーチュン)》2020年 K.T.氏蔵

メディアでのもてはやされ方もすごかった。テレビ番組『情熱大陸』(2019年)に取り上げられ、小さな記事も載ったことがなかった雑誌『美術手帖』(2021年)でいきなり特集されたりした。現存作家を取り上げることの少ないテレビ番組『日曜美術館』も密着取材を行った。

「メディアには多く取り上げていただきました。やはり、芸術家は社会に作品やメッセージを発信していき、そういう形で影響を持ちたい。社会に対して自分のものの見方を通す力があるということが、芸術家にとって一番大事なものだと思います。そのあとについてくるのが作品なんですね。いい作品をつくれば、自動的にソーシャルインパクトを持つというものではなくて。

アーティストがとるアクションが、作品をそういうところに持っていくというのは、僕はニューヨークにいて本当に学んだことでした。作品が売れるようになることが求められているのだから、作っている。売れていることこそ正義としてたくさん作品をつくっていく。けれどもそれで失敗してるアーティストをごまんと見てきたんですよ。ギャラリーがたくさんつくれって言って、マーケットが飽和してオークションで上がりすぎて、そして下がってしまうってリアリティも見て。そうしたときにやっぱり芸術家は制作する作品量と影響力を常に考えてつくるべきで。

作品の価格じゃなくて、自身のストーリーをみんながいかにおもしろいって思ってもらえるのか。周りはマクロの目線で芸術家を見てるのに、当事者の作家は点でしか見てないんです。そのことは僕、遅咲きだったんで、ダウンフォール(失墜)って英語で言うんですけど、ダメになっていくアーティストを見すぎて。それが遅咲きだった僕にとっての糧になっています」

「松山智一展 雪月花のとき」出典作品
松山智一《Mother Other(マザー・アザー)》2023年 K.T.氏蔵
(弘前れんが倉庫美術館での展示風景) Photo: Osamu Sakamoto

繰り返しになるが、展示を見てつくづく思うのは、絵画にしても、彫刻にしても、繊細で緻密、その一方で大胆さを持ち合わせていること。工芸的な質の高い仕事は必ずしも現代アート的と評価されないことは知られている。しかしあえて、それとは逆にこのクオリティの高さである。

「装飾性がデコラティブアートと言われること。用の美という考え方が、欧米圏だとほとんどないんですね。それに真っ向から対立する形で支配的な考え方ですが、概念先行が美術のあるべき姿であり、作品というものはそこから出来上がっていくと考えるのが自然です。当然、僕も非常に強い影響を受けました。もちろんポップアートも自分が影響を受けたカルチャーですし、非常に好きだったんです。ニューヨークに行ってはじめてジャクソン・ポロックや抽象表現主義絵画を生で見たときに感動しました。

それがわかると、今度ミニマリストの作品がわかってきて、その代表的作家であるドナルド・ジャッドとかがどういう流れで彼らの作品をつくったのか、それがだんだん理解できるようになりました。振り返って、実際に自分がものをつくろうって思ったときに、やっぱりそこには“もののあわれ”がほしくて。やっぱり日本人はDNAとして丁寧な仕事をするっていうことが大切で、慎重に作品をつくるっていうそのDNAは僕の中にも確かにあるんですね。

一方的な言い方になるかもですが、丁寧につくったものは芸術ではないっていう概念の中で、僕はニューヨークでアートをはじめたので、どうやったら、どこまで装飾をやり切ったら、それが今度は概念になるのかっていうところに強い興味を持ってるんです。それで古今東西違う要素をあれだけ組み合わせて、見たことない絵を見たときに、晴れて概念になるのではないだろうかと。だから僕は装飾性を信じているっていう日本人のDNAを、欧米圏のダイナミズムな考え方に完璧に融合させるのだと。あのサイズ感で、スケール感で、ここまでやるかってなったときに、初めて説得力をもって、これは概念になると信じて作品をつくっている。

そういう意味では、僕はコンセプチュアルアーティストだと思ってるんですね。なので、一個一個すごいクオリティでつくって、どうだ!って思いながらも、みんなが僕の作品のディテールをだんだん近づいて見てくれて、これはどういうことなんだって、そうやって点と点をつなげていくことは、自分の中では非常に大事なポイントなんです」

「松山智一展 雪月花のとき」出典作品
松山智一《Broken Train Pick Me(ブロークン・トレイン・ピック・ミー)》2020年 作家蔵
松山智一
アトリエにあるものを3Dプリンターで再現したインスタレーションには、松山自身の身体の一部も重要な要素としてある。Photo: Yoshio Suzuki

松山智一/Tomokazu Matsuyama
1976年岐阜県生まれ。米ニューヨーク・ブルックリン在住。絵画を中心に、彫刻やインスタレーションを発表。アジアとヨーロッパ、古代と現代、具象と抽象といった両極の要素を有機的に結びつけて再構築し、異文化間での自身の経験や情報化の中で移ろう現代社会の姿を反映した作品を制作する。バワリーミューラルでの壁画制作(ニューヨーク/米国、2019年)や、《花尾》(新宿東口駅前広場、東京、2020年)、《Wheels of Fortune》(「神宮の社芸術祝祭」明治神宮、東京、2020年)など、大規模なパブリックアートプロジェクトも手がけている。近年の主な個展に、「Accountable Nature」龍美術館(上海/中国、2020年|重慶/中国、2021年)などがある。

松山智一展:雪月花のとき
会場:弘前れんが倉庫美術館
会期:2023年10月27日(金)〜 3月17日(日)
休館日:火曜、年末年始[2023年12月25日(月)〜2024年1月1日(月)] ※ただし、2024年1月2日(火)、1月3日(水)は開館
開館時間:9:00〜17:00(入館は閉館の30分前まで)

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

■連載「アートというお買い物」とは
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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TEXT=鈴木芳雄

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