ART

2023.05.16

【ユニクロ UT×花井祐介】現代アーティストが大量生産・消費のモノに見出す意味――アートというお買い物

サーフィンに魅せられたことがきっかけでアメリカの文化に触れていった。彼が描くのは、アメリカンコミックから飛び出したようなちょっとレトロで不機嫌そうなキャラクター。そんなアーティスト・花井祐介がユニクロからリリースしたTシャツに、彼は絵を提供しただけではなかった。もっと大きなメッセージがそこに込められていた。連載「アートというお買い物」とは……

アーティスト花井祐介とユニクロ商品本部MD部部長

“ちょっとだけ世界を良い方に変える”Tシャツ

アーティスト、花井祐介。横浜育ち。地元のサーフィン好きの先輩に連れて行ってもらったことがきっかけで、高校生のときにサーフィンを始めた。そこから、アメリカ西海岸のカルチャーが気になるようになり、ジャック・ケルアックはじめビートニクの本を読んだり、先輩が聴いていた’70年代のサイケデリックロックを聴くようになった。

もともと子供の頃から絵は得意だった彼は、サーフィンのマンガや雑誌のイラストを好んで真似をして描くようになった。特にグレイトフル・デッドのアルバムカバーを手掛けたリック・グリフィンには多大な影響を受けた。

ユニクロUT×花井祐介

花井祐介とユニクロがコラボレーションしたTシャツ。一筋縄でいかない表情のキャラクターが特徴。

先輩がバーを始めることになって、その店の看板を描いたり、ポスターやメニューのデザインなどを手掛けることに。そのバーで5年働いてお金を貯めて、サンフランシスコのアートスクールに入学するも、資金が底をついてしまい、結局、基礎だけやって途中で帰国せざるを得なくなった。だから、正式の美術教育を受けているわけではないと本人は言う。

花井祐介の絵に出てくる人物はただ明るかったり、可愛かったりのアメリカンキャラクターとは言えない。ちょっと一筋縄でいかないというか、腹に一物あるような人物に見える。

彼の独自の人生経験がもとになり、それが描かれる人物に投影されているのだろう。そんな絵に人間味を見つけ、感情移入までさせられる。彼の絵が気になり、ファンになってしまうのだ。「サーファーってクセのある人が多いんです。周囲にそういう人がいたから、その影響じゃないですかね」と彼は笑う。

ユニクロからリリースされた花井祐介のTシャツが人気なので、そこに込めた想いなどをアーティスト本人とユニクロ商品本部 グローバルMD部 部長の小森田真也に話を聞いた。

アーティスト花井祐介とユニクロのコラボTシャツ

「ONE STEP FORWARD」をテーマにしたTシャツは全4種。2種類のポケッタブルバッグもリリースされている。

ユニクロとやる意味を求めて、素材開発からスタート

—— 今回のTシャツに込める想いを語っていただけますか?

花井 ユニクロの人でサーフィンの好きな人がいて、その人に10年以上前から「UTやれませんか?」って声をかけてもらっていました。でも、僕はビームスでグラフィックTシャツをやっていたこともあって、競合するかなと思っていて。「義理があるのでやれないですね」って言ってたんです。それが3〜4年前くらいかな、ビームスの人が「もう、うちはユニクロには勝てないから、向こうから話が来るならやった方がいいよ。ビッグアーティストたちと肩を並べられるし」って言ってくれて、じゃあ、改めて考えてみようかと思ったんです。

ただ、大量生産・大量消費のものって、自分でもあまり買わないし、そういうものに携わるのはどうなんだろうなぁってことも、ちょっと考えました。でも、そこで思ったんです。ユニクロがそれまでやってないオーガニックコットンだとか、リサイクル素材を使ってやれるのであれば、何か変えられるのかな、一歩前に進めるのかなって。

ユニクロを買う人たちへの提案になるし、一つの考えるきっかけになるかなと。それだったら、ユニクロとやる意味があるんじゃないかって。

でも、UTって販売価格が決まっていて、そのなかでリサイクル素材でやれるのかなというのはありました。

アーティスト花井祐介

花井祐介/Yusuke Hanai
グラフィックアーティスト。’50~’60年代のカウンターカルチャーの影響を色濃く受け、日本の美的感覚とアメリカのレトロなイラストレーションを融合した独自の作風が人気。

小森田 価格の部分と、ユニクロは世界中に2,400店舗くらいあるということ。世界各地のお客様に届けなければならないことを考えると、供給量も含めて、制約があったのがいちばんネックでした。

花井 それに、オーガニックコットンとか、リサイクル素材というと、テロテロなものとかあるじゃないですか。そうではなく、Tシャツなんだから、地厚にしてほしいというのがあって。「地厚でリサイクル素材、もしくはオーガニックコットンでできるならやります」って言ったんです。生意気にも(笑)。

小森田 「やります」って即答して、言ってから考えようと(笑)。そうして、できる方法がないかなと考えていたときに、地厚になると洗濯しても乾きにくくて、ユニクロのLifeWearとして少し違う部分もあったので、そこにポリエステルを入れることができないかと。

ポリエステルにすれば汗に対してもちょっとサラサラするし、ポリエステルの部分をペットボトルから生成した再生ポリエステルを使って、コットンと合わせ、そうすると数量も価格も、あと重さのことも解決できる。何回か試作して、「花井さん、どうですか、地厚でしょ、これなら透けないでしょ」って(笑)。一から作った新しいファブリックでした。ユニクロでも初めて使いました。

ユニクロ商品本部MD部部長

小森田真也/Shinya Komorida
ユニクロ商品本部 グローバルMD部 部長。米ニューヨーク勤務等を経て現職。

——当初考えていた「何かを動かす」ということができたわけですね。

花井 そうです。しかも、多少高くついてもリサイクル素材のものを求めようとか考えもしなかった人たちにとっての、初めてのリサイクル素材ウェアになればいいかなと。そのための「ONE STEP FORWARD」(一歩前へ。今回のコラボレーションのテーマ)ということなんですけど。

小森田 お客様の反応を見ていると、リサイクル素材って聞いたからどんなのかと思ったけど、すごく地厚で好みどおりとか、良い評価をいただけたようです。

——絵だけを借りてTシャツを作るという場合と比べて、社内はどんな反応がありましたか? やる前とやったあと。

小森田 僕たちは個人的にも花井さんのファンだったんですけど、実はユニクロと花井さんは密接に関わりがあって、もう15年以上前に、ユニクロのUNIQLO CREATIVE AWARD(現在のUTグランプリ)に花井さんが応募してくれてたんですよね。新進気鋭のデザイナーを発掘しようというTシャツのコンペティションなんですが。

花井 (留学先だった)アメリカから帰ってきて、特に仕事もなかったので、看板屋でバイトしながら、どうにか絵で食べていけないかなぁと考えていたときで、いろんな企業の公募に応募してました。そのなかにユニクロのUNIQLO CREATIVE AWARDがあって、これのトップ10に入れば商品化されて、賞金10万円がもらえると。1位は100万円で。そのときは20代だったし、10万円でも嬉しいじゃないですか。それに出したら入選して10万円もらって、商品化されたんです。

小森田 UTは、アートやカルチャーやメッセージをTシャツにのせて発信するブランドですから、ポップアートの巨匠、アンディ・ウォーホルから始まって、たとえば、KAWSとかともやってきて、今後また新しく発信していきたいアーティストの中に花井さんのような人が来て。その10何年前の結びつきもありがたいことですが、でも、今回は、ただのTシャツではやらないぞと(笑)。

そういう話は聞いていたので、やれる方法を考えてどうにかして、ただのUTではなく、せっかくだったら強力なメッセージを込めてやるのがいいんじゃないかと思い、わざわざ、言いたいメッセージとイラストを描き下ろしてもらいました。アートだけをのせるではなくて、花井さんが今伝えたいメッセージを発信してほしいと。こちらのわがままなお願いですね。

花井 見る人はね「かわいいな」でいいんです。そんな難しく考えなくてもね。

***

Tシャツは衣料であり、またメディアである。声高に叫ばずにメッセージを伝えることができ、またアートや音楽などカルチャーを発信したり、活気づけたり、増幅する装置にもなる。

それをうまく活用した例の一つが、今回のユニクロと花井祐介のプロジェクトだったと言えよう。

花井祐介のペインティング作品の人気は高く、有名オークションには必ずと言っていいほど出品され、常に数百万円という金額で落札されている。そのことを本人に聞くと「ちょっと気持ちが悪いよね」と。

これは絵の価値が一人歩きしていることのある種の戸惑いだろう。それと、現代美術業界育ちではなく、違うカルチャーの中で描き続けてきた彼の率直な感想かもしれない。

※後編につづく

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

過去連載記事

■連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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TEXT=鈴木芳雄

PHOTOGRAPH=田中駿伍(MAETTICO)

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