ART

2023.09.19

世界に名を馳せる「大林コレクション」、選りすぐりの肖像画たちが無料公開中【大林剛郎インタビュー】

大林コレクション。主宰しているのは大林剛郎氏。現代美術コレクターにとって、偉大な先輩、兄貴分と言ってもいいそのコレクションから、テーマをポートレート(肖像画)に絞った展覧会が開催されている。世界のアートシーンで注目されている作家を多く集めたこんな展覧会が無料で見られるなんて! 何度でも足を運びたい気分だ。■連載「アートというお買い物」とは

ジョージェ・オズボルト《収集家と彼の見つけたもの》2012年
ジョージェ・オズボルト《収集家と彼の見つけたもの》2012年
©Djordje Ozbolt  / Courtesy of TARO NASU Photo by Keizo Kioku

大林コレクションから選りすぐった肖像画を惜しげもなく見せる展覧会

人を描くということ。それはそのまま絵画の歴史と重なる。先史時代の洞窟絵画にも人の姿は現れる。神話や宗教の場面を描く物語画があり、そこから人物画=肖像画、風景画が発展する。神は自身になぞらえて人間をお造りになった……のではなく、人が神を描くとき、人間になぞらえたのである。肖像画を描く歴史は当然たゆまずに現代にまで及ぶ。対象や表現は多様化しながら。

海外のアート専門誌で「世界のベストコレクター200」(例)にもしばしば登場する「大林コレクション」を中心に、ポートレイトや人物像というテーマで集めた作品の展示が東京・丸の内の「三井住友銀行東館1Fアース・ガーデン」で2023年10月20日まで開催されている。「大林コレクション」は大林剛郎氏(大林組会長)によるコレクションである。

出品作家の一部を羅列していくと、ギルバート&ジョージ/ミヒャエル・ボレマンス/ロニ・ホーン/エリザベス・ペイトン/シンディ・シャーマン/田名網敬一/杉本博司/森村泰昌/村上隆/加藤泉/近藤亜樹/五木田智央/佐藤允/ヴォルフガング・ティルマンス/サイモン・フジワラ/ライアン・ガンダー/という錚々たるアーティストたち。これにさらにSMBCコレクションから、藤田嗣治/ピエール=オーギュスト・ルノワールらの作品も加わっている。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。左:ミヒャエル・ボレマンス《モリー》2018年、リネッテ・イアドム=ボアキエ《6pm、マラガ》2009年、五木田智央《グローイング・バック》2020年
「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。左から:ミヒャエル・ボレマンス《モリー》2018年、リネッテ・イアドム=ボアキエ《6pm、マラガ》2009年、五木田智央《グローイング・バック》2020年
Photo Keizo Kioku

このコレクションを収集した大林剛郎氏にいくつか質問を投げかけてみた。

——現代アートコレクションを始められたのはいつでしょうか? きっかけは何だったのですか?

「1998年〜99年に大林組の新本社内に設置する18人のコミッション・ワークのアートプロジェクトがあり、私もそれに関わりました。現代美術はアーティストに会えるというところに感動したものです。以降、いろいろなところで現代美術を中心にアートシーンをウォッチし、動向をフォローしています」

——どういう基準をもって、あるいはどのように発見して作品を選んでますか?

「いろいろな作品を多く観ることを心がけることが重要だといつも考えています。そして、いざ購入するときはたくさん観た中から、これが好きだという作品を購入します」

——大林さんにはコレクターという顔の前に、大企業の会長という本業があります。コレクション活動をされることは、本業のビジネスに役立ちますか? それはどのように有効でしょうか?

「はっきり言って、コレクションがビジネスに直接的に影響を与えるかどうかはわかりません。しかし、アーティストの方々のクリエイティブな発想は必ずさまざまな場面で役に立つものと思いますし、そういった面ではもちろんビジネスにもプラスになると信じています」

——これからコレクションを始めたい人や若いコレクターにアドバイスをいただけますか?

「是非グローバルな視点を持ちながら、いま世界でどのようなアーティストのどんな作品が評価されているかを知っていただきたいと思います。そのためには世界中のあちこちの現代美術館を訪ねていくことをお勧めします。そして、海外のキュレーター、ギャラリスト、コレクターとも付き合っていただきたいですね。きっと新しい世界がそこには広がっています」

加藤泉《無題》2020年 ©2020 Izumi Kato Courtesy of the artist and Perrotin
加藤泉《無題》2020年
©2020 Izumi Kato Courtesy of the artist and Perrotin

この加藤泉の作品。ヒト型ではあるが、原初的な人類を描いているのか、ヒトには似ていながら、何か別の生命体なのか、あるいは精霊的なものなのかもしれない。なにやら植物や動物の要素も入っているように見える。この、言ってみれば不気味な対象は一度見ると忘れられず、なぜか惹かれてしまう。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。藤田嗣治《Y婦人の肖像》1935年 SMBCコレクション Photo Keizo Kioku
「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。藤田嗣治《Y婦人の肖像》1935年 SMBCコレクション
Photo Keizo Kioku

かつて、肖像画といえば、王侯や貴族、宗教者や偉人を描くものであったが、近代以降になるとそれは変化してくる。モデルは匿名的存在になり、絵としての評価軸も変化してくる。誰を描いたかということよりも、どのように描いたかが重要になってくる。それが発展し、現代美術においては一層多様な表現が展開していく。この絵を描いた藤田嗣治はご存じ、パリで活躍し、最後はフランスに帰化し、フランスの土となった画家である。本展では藤田のほか、ピエール=オーギュスト・ルノワールや日本では橋本雅邦の作品も展示され、肖像画の曲がり角を考えるきっかけを提供している。

杉本博司《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》1999年 ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本博司《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》1999年
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
 

杉本博司はダイアナ妃の肖像画を撮影していたのか、と思ったかもしれないが、これはダイアナ妃の精巧に作られた蝋人形を撮影したもの。写真は必ずしも真実だけを写さない。そもそもフォトグラフィは光の画ではあるが、写真とは言っていないのだ。写真をめぐる虚と実を巧みに突いてくるのも杉本の一つの方法論である。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。左:ギルバート&ジョージ《ダスティ・コーナーズNo.8》1975年、右:ウォルフガング・ティルマンス《ギルバート&ジョージ》1997年
「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。左:ギルバート&ジョージ《ダスティ・コーナーズNo.8》1975年、右:ウォルフガング・ティルマンス《ギルバート&ジョージ》1997年
Photo Keizo Kioku
 

ギルバート&ジョージの作品と写真家ティルマンスが撮ったギルバート&ジョージの写真の組み合わせ! ギルバート&ジョージは60年代末から「リヴィングスカルプチャー(生きている彫刻)」として活動している二人組ユニット。ティルマンスは鏡を利用し、彼らをこれまた演劇的に撮っている。2つを並べると、かたや窓、かたや鏡。良い対比。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。ハンス=ペーター・フェルドマン《100年》制作年不詳
「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。ハンス=ペーター・フェルドマン《100年》制作年不詳
Photo Keizo Kioku

ハンス=ペーター・フェルドマンは0歳から100歳を一人ずつ撮影し、一同に並べた。百年の孤独、いや、百年の凝縮。人生への賞賛ととってもいいし、無常を感じるのもいいだろう。

「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。村上隆《デビルKO²ちゃん》も見える。
「Portraits|OBAYASHI COLLECTION 多様化する人間像とアート 近代から現代まで」展示風景より。村上隆《デビルKO²ちゃん》も見える。
Photo Keizo Kioku
ライアン・ガンダー《ピカソと私、またはパブロ・ピカソによる「ポンポンの付いた帽子をかぶりプリントブラウスを着た女の肖像画」(1962)の複製の試み》2017年 ©Ryan Gander / Courtesy of TARO NASU
ライアン・ガンダー《ピカソと私、またはパブロ・ピカソによる「ポンポンの付いた帽子をかぶりプリントブラウスを着た女の肖像画」(1962)の複製の試み》2017年
©Ryan Gander / Courtesy of TARO NASU

ピカソの模写がもとになった作品、見る側にピカソを連想させる作品が3点ほどある。ライアン・ガンダー、田名網敬一、近藤亜樹。

さて、今をときめく現代美術家たちが多様な表現を繰り出した肖像画作品。肖像画は絵画として、最も古いジャンルの一つであり、常に新しいジャンルである。神を思い描くとき、人は人の姿に似せるが、絵を描くとき、まずその対象に思い浮かべるのはやはり人の姿なのである。この展覧会で十二分に堪能してほしい。

SMBC ART HQ Part2 『Portraits –Obayashi Collection』
会場:三井住友銀行東館1F アース・ガーデン
住所:東京都千代田区丸の内1-3-2
会期:〜2023年10月20日
時間:9:00~18:00(土・日曜、祝日13:00~)
休館日:無休
入場料:無料

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

■連載「アートというお買い物」とは
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

↑ページTOPへ戻る

TEXT=鈴木芳雄

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2024年12月号

昂る、ソウル

東方神起

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2024年12月号

昂る、ソウル

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ12月号』が2024年10月24日に発売となる。今回の特集は“昂る、ソウル”。最高にエンタテインメント性に富んだ国、韓国をさまざまな方向から紹介。表紙は東方神起が登場。日本デビュー20周年を目前に控えた今の心境を教えてくれた。

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

SALON MEMBER ゲーテサロン

会員登録をすると、エクスクルーシブなイベントの数々や、スペシャルなプレゼント情報へアクセスが可能に。会員の皆様に、非日常な体験ができる機会をご提供します。

SALON MEMBERになる