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2023.05.30

日本の現代アートは苦界なのか? 国内屈指のコレクターが見た“世界で戦える”理由

1990年代の終わり頃から本格的に日本の現代アートの重要な作品を収集してきた高橋龍太郎コレクション。草間彌生、奈良美智、村上隆ら世界の有名美術館で個展が開催される作家の名作を収蔵。ほかにも、会田誠、山口晃、名和晃平、加藤泉、宮永愛子、池田学らの初期からの作品も収集、最近の展覧会では近藤亜樹や今津景の大作、鈴木ヒラク、梅沢和木、毛利悠子、川内理香子、水戸部七絵ら新しい世代の作品を展覧会で発表しているが、最新コレクション展がWHAT MUSEUMで開催中だ。連載「アートというお買い物」とは……

Photo by Keizo KIOKU 山口晃《何かを造ル圖》2001年 ©️YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

Photo by Keizo KIOKU
山口晃《何かを造ル圖》2001年 ©️YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

日本の現代アートの源流には伝統文化・芸術の積み重ねがある。だから世界で戦える

総コレクション点数3,000点以上を誇る高橋龍太郎コレクション。2008年以降、国内外の公立・私立美術館で大規模なコレクション展を開催し、また毎年、作品の貸し出し点数は100点を超えるという。これまでのコレクション展のタイトルには「ネオテニー」「マインドフルネス」「ミラーニューロン」という心理学、精神科学用語などが引用されているのも特徴的だ。それはこのコレクションの主が精神科医の高橋龍太郎氏であることと無関係ではあるまい。今回の展覧会は「日本」を主題にし、33作家40点の作品が展示されている。

Photo by Keizo KIOKU WHAT MUSEUM 会場風景 高橋龍太郎コレクション「ART de チャチャチャ ―日本現代アートのDNAを探る―」展

Photo by Keizo KIOKU
WHAT MUSEUM 会場風景 高橋龍太郎コレクション「ART de チャチャチャ ―日本現代アートのDNAを探る―」展

現在、天王洲のWHAT MUSEUMで開催中の「高橋龍太郎コレクション ART de チャチャチャ ―日本現代アートのDNAを探る―」展。高橋龍太郎コレクションは日本の現代アートに特化して収集しているが、その背景に脈々と息づく日本の伝統文化、芸術に目を向け、現代の作家たちが何を見て、どのように自身の表現に昇華させたのかを探る。それゆえ、DNAだ。それは世界で戦うとき優位をとる資質でもある。

本展を見ていく。たとえば、仏教の常識で美術にも約束事として現れるのだが、文殊菩薩は獅子に乗って、普賢菩薩は白象に乗って現れる。それを現代作家が表現すること。岡村桂三郎の作品に見ることができる。

Photo by Keizo KIOKU 左:岡村桂三郎《獅子08-1》2008年《白象03-1》2003年 右:橋本雅也《キク》2014年

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左:岡村桂三郎《獅子08-1》2008年《白象03-1》2003年
右:橋本雅也《キク》2014年

本展入口の高橋氏のステートメントはこう始まる。

「日本の現代アートは西欧の美学と日本の様式美への憧憬から成り立っています。その憧憬のあまり、悪い場所とまで言われる苦界からなかなか抜け出せていません」

この「悪い場所」は美術評論家の椹木野衣氏の発言からの引用だ。

この国は日本画と洋画と現代アートという世にも奇妙な三点鼎立のまま、同じことを延々と繰り返して円環構造の中にとどまっている、世界でも稀なアートシーンを抱えてる事情を指して言っているという。

Photo by Keizo KIOKU 左:李禹煥《点より》1974年頃 ©️Lee Ufan 中:菅木志雄《◯◯◯》____年 ©️____ 右:関根伸夫《神話素》1989年 ©️Nobuo Sekine Estate

Photo by Keizo KIOKU
左:李禹煥《点より》1974年頃 ©️Lee Ufan
中:菅木志雄《空態化-7》2011年 ©️Kishio Suga, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
右:関根伸夫《神話素》1989年 ©️Nobuo Sekine Estate

あらためて『「いき」の構造』が諭してくれること

高橋氏のステートメントは続けて、哲学者、九鬼周造の主著『「いき」の構造』を引用する。

「日本独特の感覚『いき』の語源は生、息、行、意気とした上で、『いき』について『媚態』と『意気地』と『諦め』の3つの要素から成り立つとしました。それを分かりやすく、『垢抜けして(諦)、張りのある(意気地)、色っぽさ(媚態)』と言いかえてもいます」

『「いき」の構造』を引用したことを高橋氏に聞いてみた。

「若い頃から現象学の本などもいろいろ読んでみたけれど、自分には九鬼のこの本がすごく沁みたんです。織り込まれる端唄にも震えましたね。九鬼には、遊興の場である祇園から勤務先の京都大学に通ったという伝説もある。遊びと哲学。ちゃんと日本的なものを評価しています。(ドイツの哲学者である)ハイデガーも九鬼を優秀な弟子と認めているなど、ある意味、本当の国際人とはこういう人のことをいうのでしょう」

では、『「いき」の構造』のさわりを。

「『いき』とは、わが国の文化を特色附けている道徳的理想主義と宗教的非現実性との形相因によって、質料因たる媚態が自己の存在実現を完成したものであるということができる。したがって『いき』は無上の権威を恣(ほしいまま)にし、至大の魅力を振うのである。『粋な心についたらされて、嘘と知りてもほんまに受けて』という言葉はその消息を簡明に語っている」(九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫)

小沢剛《岡本三太郎「醤油画(尾形光琳)」》2007年 ©️Tsuyoshi Ozawa

Photo by Keizo KIOKU
小沢剛《岡本三太郎「醤油画(尾形光琳)」》2007年 ©️Tsuyoshi Ozawa

日本の現代アートが苦界(=悪い場所)から抜け出せずにいるのか、西欧の美学と日本の様式美に対して、付かず離れずしかも色っぽく「いき」な関係でいられるかどうか、この展覧会を見て考えるヒントにしてほしいという高橋氏のメッセージが伝わってくる。

「同じことをぐるぐる繰り返している、批評も積み上がらず、パースペクティブで見えて来ないという場所。多様性を認め、混沌もあり、例えば、洋画、日本画、現代アートが潰し合わず、お互いが平衡状態で共存していることは考えてみれば、希望なのではないかと見ています。怠け者だからそうなったのかなと思いもしますが、戦後70年以上過ぎてもこうなんだから、きっとそれだけじゃないんでしょう」

目利き、鋭い感性を持つ高橋龍太郎が書を捉える

高橋氏はこの2023年3月、香港のM+を訪れた。同館で開催されている草間彌生展「Yayoi Kusama: Dots Obsession—Aspiring to Heaven’s Love」に作品を貸し出していたためだ。草間彌生展とは別の展示だが、昭和から平成に活動した書家、比田井南谷の5メートル角の巨大な作品を見て、大変な衝撃を受けたという。

「今まで日本のアートシーンはその比田井南谷のこんなに素晴らしい、もう歴史を覆すと言ってもいいぐらいの力量のある作品を、誰も発見してこなかったのかと。その複雑な思いとその作品による感動で、本当に世の中に驚くことと、さらに、自分の人生を変えるような出来事はこの年齢になってもあるんだなということを発見したんです」

もともと高橋龍太郎コレクションにも、上田桑鳩、井上有一など書の作品もある。今回の展覧会のテーマが「日本」であることから、井上有一の作品、そしてそれに関連し、操上和美が撮影した在りし日の井上有一の姿が展示されている。

井上有一《月》1978年 ©️UNAC TOKYO 操上和美《書を捨てに行く後姿》1984年

Photo by Keizo KIOKU
右:井上有一《月》1978年 ©️UNAC TOKYO
左:操上和美《書を捨てに行く後姿》他1点 1984年

書を用いる現代作家、華雪の展示も本展の見どころである。華雪の「日」の字を毎日1枚ずつ書き込む繊細なインスタレーション、さらに、新潟での滞在制作で仕上げた、地元紙『新潟日報』の会津八一による題字の「日」を重ねなぞることで、新潟の人々の「日」に近づこうという作品に高橋氏は感銘を受けた。

「華雪さんは比田井南谷や井上有一という墨人会の流れを汲む先生についたのですが、その先生は森田子龍に教わった人で、上田桑鳩のことも聞かされていたそうです。その先生のところには井上有一の作品集や白川静の字通があり、それを眺めながら、自分でも書いていったとのこと。彼女は文字を書きながら、時間と空間のリミックスというような方向で世界を広げていった当代有数の現代アーティストだと僕には思えるのです」

本展では大きな紙に書かれた「木」の文字が迫る。華雪によれば、「木」はとても近しい存在でありながら、密集して並ぶと「森」という畏怖すべき存在になる。森は日本でもヨーロッパでも神々の棲家だということ。

高橋龍太郎氏と華雪《木》2021年 ©️kasetsu

高橋龍太郎氏と華雪《木》2021年 ©️kasetsu

アーティストとコレクターは戦友なのである

ところでこのコラムは「アートというお買い物」なので、書いておきたいが、ときに高橋氏はコレクションの原資、つまり購入費用について触れている。かつて2016年に上梓した彼の著書にはこうある。

「(作品収集のため)私もこれまで自分の持っていた株式、貯金、オーストラリアの土地とビル、ニューヨークのマンション、両親の遺産、そして毎月の収入のすべてをつぎこんできて、貯金はゼロに等しいが、これは殆ど理性をうしなっている行為で、こんなことはおすすめしない」(高橋龍太郎『現代美術コレクター』講談社現代新書)

そして、本展のレセプションでのスピーチ。

「まったくお金に余裕がない。借金だらけです。本当にひどくて、毎月何百万ずつ払わないと、追いついていかないぐらい。これから3年ぐらい続く、それくらい抱えてます。それは自分が医者だから、自転車操業でもってるっていうこともあるんですけれど」

見附正康《無題》2022年 ©️Masayasu Mitsuke Courtesy of Ota Fine Arts

Photo by Keizo KIOKU
左:見附正康《無題》2007年
右:見附正康《無題》2022年
© Masayasu Mitsuke Courtesy of Ota Fine Arts

いくつかのクリニックを経営している精神科医で、当然、一般人よりはかなりの高収入の高橋氏にして、この状況である。しかし、実はこれはただ資金の窮状の話ではなかった。実はアートの見え方についての話、そして日本のアートの世界進出の話だったのである。そして、コレクターである自分を、世界を目指すアーティストに重ね合わせてもいる意外な話でもあった。続ける。

「そういうふうに借金抱えて世の中生きていると、アートが本当に違って見えるんですね。豊かさとは無縁な若い人の飢えたカツカツの表現みたいなこと、高校生の悲痛な表現みたいなことが、すごく心に響く。

高橋コレクションというのは、ある程度偉くなってきた人にはもう手を出さないで、本当に若い人のカツカツをすくい上げてきたことで、ようやく成り立っているコレクションなんです。逆に言うと、日本のアートシーン全体が世界から見るとカツカツで、みんな能力がありながら、飢えていながら、全員が世界デビューできないまま、本当にこの一国で閉じ込められて、みんなだんだん年を経て、妙に丸くなって、50歳過ぎると現代美術作家とも名乗りにくくなりながら、とにかく生きながらえているんです」

高橋氏の願望は自身が借金から解放されることと、アーティストたちが世界デビューを果たしていくこと。そこに尽きるということだ。そして、そのためにそれぞれの立場で一緒に戦っていこうと呼びかけている。高橋氏の話を聞いていて思うのは、アーティストがメインキャストで、コレクターはサブキャストかというとそうではなくて、アーティストもコレクターもアートの世界ではともに戦うメインキャストなのだということも理解できたのである。

高橋龍太郎コレクション「ART de チャチャチャ ー日本現代アートのDNAを探るー」展
会期:〜2023年8月27日
場所:WHAT MUSEUM(東京都品川区東品川2-6-10 寺田倉庫G号)
時間:11:00~18:00(最終入場17:00)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜)

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

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TEXT=鈴木芳雄

PHOTOGRAPH=田中駿伍(MAETTICO)

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