ゲーテ2023年4月号の特集「アートがなければ生きていけない!」。ここには、アートがもたらしてくれる豊かな人生を送る人々が登場している…というよりもアートの魅力に取り憑かれ、そのせいで喜びも悔しさも少しだけ増幅された素敵な人生を送ってしまっている人々が登場している。表紙はやはりこの人、実業家の前澤友作さん。この『ゲーテ』本誌の裏話を書き留めておきたい。連載「アートというお買い物」とは……
NO ART, NO LIFE――アートのない暮らしは考えられない
「それを愛しているのはそのために人生を捧げたからだ」。これは前澤友作さんの言葉ではなくて、あるフランス人が言ったことなんだけど、ちょっと待って。この論理、おかしくない? 逆でしょ? 普通に考えれば、「愛するために人生を捧げる」のではないか? いや、でも、意外にこっちが真実ではないか。人生を捧げてしまった以上、もう愛し続けているのだ。アートを巡っての話とすると心当たりのある人も多いのではないだろうか。
アートコレクターを取材していて楽しいのは、ご自宅やオフィスを訪れて、その人らしいアート作品を見せてもらえるからで、作品と人生のストーリーを聞くことができること。でもそれだけではなくて、アートを集めるという行動が入り込んだそれぞれの人生が、入り込んでいない人生よりも色濃いものとして映ってくるからだ。どうせなら面白い話をしてくれる人と一緒にいたいと思う気持ちと同じ。
ゲーテ2023年4月号に登場するアートコレクターたちは、2つに分けられる。一つはビジネスマンでアートコレクターな人々、そしてもう一つは美術家や建築家であり、コレクターである人々。共通点はといえば、常に周囲に注目される立場でありながら、しかしその反面、孤独な部分を持っていなければ成功し得なかった人々ということかもしれない。
今回、インタビューさせていただいた一人は前澤友作さんだ。国際的なアートシーンでアートコレクターとして知られるようになってから、まだ10年も経っていないけれど、彼の動向は常に注目され、また現代アート界において、華麗なる人脈を築いている。さらに、その間に日本の民間人として初めて国際宇宙ステーション(ISS)に滞在していたりする。
前澤さんへのインタビューはその宇宙旅行の話題から始まった。彼が強調して語ってくれたのは、アート作品を持ち込むことの難しさと、それによってもたらされるコミュニケーションの力。その場の人々の話題をつなぎ、和ませ、宇宙ステーションの殺伐とした室内に安らぎをもたらした。そうやって、アート作品はステーション運航や乗員の生命維持のためには無くてもいいものであるけれど、あると独自の特別な力を発揮するものだということを証明したのである。
実は7年前の2016年、雑誌『ブルータス』(マガジンハウス発行)のために、同じ場所でインタビューをしたことがある。彼がジャン=ミシェル・バスキアの大作《無題》を入手した数ヵ月後。幅5メートル、全体に赤く彩られ、中心に悪魔のようなモチーフが描かれていた絵だった。
今回も前澤邸におじゃましたが、美術品は入れ替えられているか、掛けられた場所が変わっていた。美術品も前回は、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンスタイン、ゲルハルト・リヒター、クリストファー・ウール、ジョージ・コンドなどわかりやすい巨匠作品が多かったけれど、今は一部のコレクターが熱い視線を注ぎ、争奪戦が繰り広がられているアーティストや、あるいは早くから注目し、支援の意味でも作品を買い、のちに有力なギャラリーの所属になっているアーティストの作品を身近に置くようになっていた。
『ゲーテ』と『ブルータス』の表紙を見比べてみると、偶然なのだが同じアングルから撮影されているのがわかる。かつて、クリストファー・ウール(1955年生まれ)の作品が掛かっていた場所にはエヴァ・ジャスキヴィッツ(1984年生まれ)の作品が掛かっている。
赤いソファセットはジャン・ロワイエの《ポーラベア》だが、前澤さんはこれが大のお気に入りで、色違いで3組所有していると『ブルータス』に書いてある。
「アートや家具は年に1〜2回総とっかえするんですけど、このソファ、『ブルータス』のときと同じ赤ですね。前まではこれの白を置いていたんですけど、ちょっと前に戻しました。最近、犬を飼ったので、おしっこをかけられて黄色くなっても嫌なので(笑)」
脚が金属のテーブルに替えたのも、犬対応ということだが、その家具はスイス出身の彫刻家で画家のアルベルト・ジャコメッティの弟、彫刻家でデザイナーのディエゴ・ジャコメッティによるものだったりする。
自邸やオフィスでも作品を入れ替えたり、配置換えもするが、ときに売却もする。美術館などでは一度収蔵した作品はその美術館の顔にもなるので、手放されることは少ないのだが、個人コレクターの場合はその時々の好みでコレクションが編成されるのが自然で、そのために売却されることがある。そうすることで作品が多くの人の目に触れる機会が増え、それは作品にとっても、アーティストにとっても、もちろん見る人にも、コレクターにとってもいいことだ。さらにオークション会社やギャラリーも、買ったり売ったりしてもらってこそ利益が出るわけで市場が活性化するのだ。
実際、前澤さんは2016年に約62億4,000万円で買ったバスキア《無題》を昨年約110億円で売却した。その作品は大きすぎて展示する場所が難しかったのと、入手後、さらに気に入った作品をゲットできたというのも売却の理由。そちらは前の作品よりも高額だったが、サイズは小さく、パリのフォンダシオン・ルイ・ヴィトンや東京の森アーツセンターギャラリーの展覧会で多くの人の目に触れる機会があった。
僕個人としては、2016年、2023年と、時間を空けて2回インタビューするという機会をいただき、前澤さんが自身のアートと理想的に接していること、コレクションの哲学を着実に実践していることを目の当たりすることができて、今後もますます彼に注目していきたいと感じた。
この号では僕はほかに、実業家の竹内真さん、現代美術作家の杉本博司さんにインタビューさせていただいた。また、原稿は書いていないのだが、アーティストの杉戸洋さんの取材に立ち会って、コレクションを見せてもらえたのも興味深かった。そのほか、今号では僕は関わっていないが、知り合いでもある桶田俊二・聖子(あさこ)ご夫妻、熊谷正寿さん、永山祐子さんらも登場していて、読者として楽しませてもらった。
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。
■連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。