ホームレスの人たちの自立支援をしている雑誌『THE BIG ISSUE』の表紙にときどき奈良美智さんの作品が登場する。1990年代から奈良さんの作品を見ている僕としては、おー、ここにも、という思いでその雑誌を買う。そういう表紙の号には奈良さんのインタビューも載っている。もちろん全部、大切に保存してある。■連載「アートというお買い物」とは
ホームレスを支援する雑誌と奈良美智
『THE BIG ISSUE』というホームレスの人たちの仕事をつくり、自立を支援する雑誌がある。この雑誌は書店やコンビニで売られるものではなくて、路上に立つ、IDカードをつけた販売者が売っている。販売者は最初の10冊は無料で受け取り、11冊目以降は売り上げのおよそ51%が入る仕組みだという。
表紙は国内外の著名人の顔写真で飾られることが多いが、奈良美智さんの作品も何度か登場している。僕は『THE BIG ISSUE』を毎号見るような熱心な読者ではないのだけれど、奈良さんの表紙の号を見かけると買っている。たまに買い逃しても販売者の人はバックナンバーも持っていて買えたりする。
今、手元にある、奈良さんの作品が表紙になっている『THE BIG ISSUE』を新しい順に見ていこう。最近買ったのがこの号だ。青森県立美術館での展覧会「奈良美智: The Beginning Place ここから」の会場で奈良さんにインタビューしている。
美術雑誌が拾わなそうな奈良さんの話も書いてあり、この雑誌らしいと感じるところがある。インタビュアーは中村未絵さん。
日本の大学を出たあと、1988年に28歳でドイツ国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学した奈良さん。周りの学生たちから一番学んだのは社会に対する姿勢だったと話す。
「たとえば、移民の人にドイツ語を教えるボランティアをしている同級生がいたり、湾岸戦争の時に学内展示をやめて反戦デモを提案する友達がいたり。それは日本の若者と徹底的に違っていた。同じ敗戦国なのに歴史に対する姿勢が違うことにも気づかされましたね。ドイツで生活するなかで、肩書きに関係なく自由であること、表現する権利といったものを自然と吸収していった気がします」
この号から2年前の2021年の号。まさにコロナ禍の渦中で『THE BIG ISSUE』は400号を迎えた、その記念スペシャルインタビューにも奈良さんが登場している。「In the Pink Water」という作品が表紙を飾っているのが目につく。
もちろん絵についても話す。この絵「In the Pink Water」についてもインタビューの中で。
「初めは(女の子に)足があったんだけど、全部同じ色で塗ってしまおうって。そうしたら水に入っているみたいになった。やろうと思ってやるんじゃなくて、導かれていく感じ。最初のうちは楽な気持ちで、色で遊んだり、消すとわかってて顔を描いたりしている。それが途中で『あ、完成できるぞ』っていう瞬間が来て、絵の中の人との一対一のやりとりが始まる。そこからはすぐだけど、その瞬間まで1週間かかるものもあれば、2年越しのもある」
インタビュアーは2023年の号と同じく中村未絵さん。
表紙に「スペシャルインタビュー 奈良美智」と「特集 2015年夏、ストリートデモクラシー」とある。奈良さんのインタビューは表紙をめくった最初からいきなり始まっていて、その記事のあとに目次が載っている。そしてこの「ストリートデモクラシー」というのは、安保法制の強行採決に反対する各地の抗議行動のレポートだ。
そしてこの号のバックカバーが、このコラムの冒頭の「NO WAR」と大きく描かれた絵。ピースマークを描いた布か紙を女の子が振っている。この号が出る1年前に奈良さんは反戦をテーマにしたポスターブック『NO WAR !』(美術出版社)を刊行したのだが、そこに収められている絵の1つ。10年近く前のこの雑誌を見ながら、今こそこの絵を、国内外の多くの場所に広く掲げてアピールしたいものだと思う。
奈良美智さんの表紙はおよそ20年前から
270号からだいぶ飛んでこの号は56号。270号の記述によれば、205号(2012年12月15日号)にも奈良さんが登場しているようだが、僕はその号は持っていない。
56号には、現在の弘前れんが倉庫美術館が美術館になる前の吉井酒造煉瓦倉庫だった時、そこを会場に開催された「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」を取材した記事が掲載されている。
40号が僕が持っている、一番古い奈良特集。この号では、56号でレポートしている弘前での「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」を控えた奈良美智のアトリエでのインタビューが掲載されている。
それぞれの号は32ページほどの、言ってみればささやかな雑誌だけれど、その存在意義は大きいし、奈良さんのように、継続して賛同して(いるからだろう)、インタビューを受けているこの『THE BIG ISSUE』を今後も気にしていたい。
紙も印刷も上等の立派な画集も持ってるし、大切にしてるけど、読み捨てられそうな、でもそういうものこそ捨てられないという気持ち、奈良ファンならわかると思う。
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。
■連載「アートというお買い物」とは
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。