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2024.01.16

“消費される写真”の戦場に身を置いた篠山紀信と、伝説的写真評論家による決闘の記録

キミは中平卓馬を知っているか? 篠山紀信を知っているつもりになっていないか? 大回顧展が開催される中平と、先日亡くなった篠山のことを想い、本棚からこれを取り出し再読。『決闘写真論 篠山紀信 中平卓馬』。実践と評論、それぞれの立場で写真について真摯に取り組んだ尊敬すべき仕事の一つだ。■連載「アートというお買い物」とは

左『決闘写真論 篠山紀信 中平卓馬』(朝日新聞社 1977年)
右『決闘写真論 篠山紀信 中平卓馬』(朝日文庫/朝日新聞社 1995年)
左:篠山紀信 中平卓馬『決闘写真論』(朝日新聞社 1977年)
右:篠山紀信 中平卓馬『決闘写真論』(朝日文庫/朝日新聞社 1995年)

篠山紀信と中平卓馬

戦後の昭和、平成、令和を通し、時代を切り取りつづけた写真界の巨人、篠山紀信氏が亡くなったとの報を受けたとき、僕は2024年2月から東京国立近代美術館で始まる「中平卓馬 火―氾濫」の展覧会紹介記事を書いていた。

その原稿を書くために本棚から取り出した本の1冊がこれだ。

篠山紀信 中平卓馬『決闘写真論』(朝日新聞社 1977年)

その『決闘写真論』のもとになった篠山、中平の対談連載から3年前に上梓された『なぜ、植物図鑑か 中平卓馬映像論集』(晶文社 1973年)にはこんな一節がある。中平はそれまでの写真家としての仕事を自己批判し、方向転換を図ることにした。

「イメージを捨て、あるがままの世界に向き合うこと、事物(もの)を事物として、また私を私としてこの世界内に正当に位置づけることこそわれわれの、この時代の、表現でなければならない、ということであった。そのためには私による世界の人間化、情緒化をまず排斥してかからねばならないということであった。」

左『なぜ植物図鑑か 中平卓馬映像論集』(晶文社 1973年) 右『なぜ植物図鑑か 中平卓馬映像論集』(ちくま学芸文庫/筑摩書房 2007年)
左:『なぜ、植物図鑑か 中平卓馬映像論集』(晶文社 1973年)
右:『なぜ、植物図鑑か 中平卓馬映像論集』(ちくま学芸文庫/筑摩書房 2007年)

中平卓馬は1938年生まれ。雑誌『現代の眼』編集者であり、また、並行して別名で評論活動をしていた。写真家に転身するも、本人によると、それも同じことの繰り返しが嫌になり、しばらくの間、何もしないでいた。奥さんにも逃げられて、父親のところに居候しながら、小遣いをもらってビリヤードばかりしていた日々もあったという。『アサヒカメラ』からウォーカー・エヴァンスに関する原稿を依頼されたり、篠山紀信が写真集『晴れた日』を送ってくれたことで人生が方向転換する。

中平は篠山が「ものすごく健康的なこと、仕事を支えるエネルギーが大きいことに驚かされた」という。続いて送られてきた『家』で「(篠山が)とてつもない写真家だってことを発見した」のだった。その矢先にまた、アサヒカメラ編集部から「決闘写真論」連載の提案があったのだという。中平のハスラー生活は区切りを告げる。

篠山紀信は1940年生まれ。1966年の東京国立近代美術館「現代写真の10人」展に最年少で参加。1976年ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館代表作家。その活躍ぶりは多く知られるところである。2024年1月4日、83歳で亡くなった。

「決闘写真論」は毎回テーマを設定し、篠山が写真を、中平が評論(掲載された篠山の写真に対する直接的な評論ではない)を提示していく。1976年の『アサヒカメラ』に連載され、1977年に朝日新聞社から単行本として出版され、1995年に朝日文庫に所収された。

単行本の帯には「写真とは? 写真を撮る行為とは? 写真家とは? 第一線で活躍するふたりの鬼才が〈映像〉と〈論〉とでわたり合う決闘ふう『写真原論』!」とある。文庫本の表4の紹介文には「かたや、現代日本を代表する写真家。かたや、伝説的存在として知られる写真家・写真評論家。『家』『晴れた日』『旅』など、数々の自信作で迫る篠山に対して、中平は、練りに練った文章で応じる。(以下略)」

『決闘写真論 篠山紀信 中平卓馬』「晴れた日」より
篠山紀信 中平卓馬『決闘写真論』「晴れた日」より

舞台は70年代、今から50年も前であることを考えないと理解しづらいところもあると思うが、まず、写真をめぐる状況が現代とは少し違った。さらに篠山の多面性についても思うべき。「家」は社会的な作品で、家の外観やそれを取り巻く周囲の自然風景、家内部の造作や調度品、雑貨を撮影することで、当時の日本、もっといえば地方にはやや遅れてきた近代化(高度成長化)の波に押し流される直前の日本を捉えている。

もう一つの篠山の側面といえば、その後の活動からもわかるとおり、芸術写真の類からは少し距離を置き、雑誌メディアを活動の中心とする「軟派な(報道)」写真家である。まるで「消費される写真」の戦場に積極的な意志で飛び込んでいく姿が焼き付く。特段、芸術として評価してほしいなどと望んでもいなかっただろう篠山に、左翼系雑誌編集者出身の「硬派な」評論家である中平が敏感に反応し、「決闘」の運びとなった。そこには中平の鋭敏さや柔軟さがあったのだろう。

篠山は「芸術」からは一定の距離を置いていたことを後年にもしばしば話していたが、実は1976年のヴェネチア・ビエンナーレ日本館の作家に選ばれ、「家」を展示している。その意味では最も「芸術」な写真家であったのだ。コミッショナーは美術評論家の中原佑介、会場構成は建築家の磯崎新。篠山の「家」が中平や中原という論客に与えたインパクトは大きかったということだ。

ちょうど『決闘写真論』の連載の時期にビエンナーレに参加しているので、それについても中平が触れている。

「篠山紀信が、ベネチア・ビエンナーレから帰ってきた、私に会うと篠山は、現代美術と呼ばれるものがいかにつまらないかをまくしたてた。」

篠山にとって現代美術は徹底してつまらないものだったが、ヴェネチアでのちょっといいエピソードも載っていて、それは本書を参照してほしい。

『決闘写真論 篠山紀信 中平卓馬』「誕生日」より
篠山紀信 中平卓馬『決闘写真論』「誕生日」より

私の想定する写真とは現実からの引用であり、現実の転移である。現実からその断片を切り取り、現実の分脈(文化)に亀裂を生じさせる、そのような写真である。(略)写真は、虚実のはざまにあると言えるだろう。この虚実のぎりぎりの皮膜を最大限に利用することを通して、カメラによって切り取られた虚構の現実がもとの文化の文脈での現実、つまりわれわれがその中で生き、疑うこともない現実にひとつの拭いさることのできない疑問符をつきつける写真。こうして現実を相対化させ、願わくば現実そのものを反対に虚構化してしまう写真。そんな写真を私は夢想する。

篠山紀信 中平卓馬『決闘写真論』「誕生日」より

中平はこの『決闘写真論』が出版された1977年の9月11日未明、泥酔し昏倒。昏睡状態に陥る。意識は回復したものの、言語能力と記憶に障害が残った。数年後、写真家復帰。2003年、横浜美術館で初の本格的な個展「中平卓馬展 原点復帰—横浜」を開催した。2015年9月1日、77歳で他界。

その中平の大回顧展「中平卓馬 火―氾濫」が東京国立近代美術館で2024年2月6日から開催される。この展覧会の感想を篠山に求めたかったところだがそれは叶わなかった。篠山の数々の精力的な作品と中平の明晰な思考と才筆に触れたいと思い、彼らの決闘の記録である本書を手に取った。

中平卓馬 火―氾濫
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
住所:東京都千代田区北の丸公園3-1
会期:2024年2月6日(火)~ 4月7日(日)
休館日:月曜(ただし2月12日、3月25日は開館)、2月13日(火)
開館時間:10:00〜17:00(金曜・土曜は〜20:00)入館は閉館30分前まで
観覧料:一般 ¥1,500、大学生 ¥1,000
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

■連載「アートというお買い物」とは
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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アートというお買い物

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TEXT=鈴木芳雄

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