俳優・角野卓造さんの心を掴み続ける「S級グルメ」を紹介。【特集 心震えるS級グルメ】

日本中に知られる名優にして、自他ともに認める酒場好き。自身が愛する良店の記録をまとめた書籍『予約一名、角野卓造でございます。』は、京都編、続・京都編に次いで新たに東京編を出版。
今回、そんな角野さんの心に残るとっておきの店を聞いてみたら、意外なエリアまで飛び出して……。
角野卓造のS級グルメ3選
1.香港ロケで田村正和やスタッフで味わった衝撃のローカルグルメ
鏞記酒家(Yung Kee Restaurant)「ローストグース」
今から、30年ほど前の香港である。テレビドラマの隆盛期で、当時は海外ロケも多かったと話す角野さん。
「ハワイ行ったり、ロスに行ったり、いい時代というのもなんだか寂しくなってしまうんですけれど、村松友規さんの原作で『カミさんの悪口』というテレビドラマに出せさていただいたんです。(田村)正和さんと篠ひろ子さんが演じる夫婦を中心としたコメディなんですけれど、妻たちに内緒で香港旅行へ出かけるという回があってね。そこで偶然、奥さんたちに遭遇してしまうんですけれど(笑)。
撮影で1週間くらい滞在していたのかな。そこでいただいた中環(セントラル)という場所にある鏞記酒家のローストグースが忘れられないですね。プロデューサーがお酒は飲まないんだけれど、とにかく食いしん坊で香港ロケもいよいよ佳境というときに『とっておきのお店、取りました!』と言ってくれてみんなで行きました。正和さんもお元気でね。本当はあまり賑やかなところが好きな方ではなかったと思うのですが、このお店のことはすごく気に入っていたな」
1942年に創業した鏞記酒家は、香港でも指折りのローストグースに代表される広東料理の名店だ。スペシャリテのガチョウのローストはあまりにも有名だが、実は「ここの皮蛋(ピータン)は世界一」と絶賛する食通も少なくない。
「もちろん、いただきましたよ。とても美味しくて驚きました。ガチョウのローストも1日300羽売れることもあるそうで、まさに飛ぶ鳥を落とすじゃないですけれど(笑)。皮目がパリッとしていて本当に美味しかった。ドラマのチームみんなでいただいたということも含めて、忘れられない思い出として残っています」
2.岡山に噛むほどに豊かな味が広がる鶏料理が自慢の酒場あり!
酒亭 金平「かしわ(親鳥)」

「鶏つながりになってしまうのだけれど」と言いながら、次に角野さんが教えてくれたのが岡山県は倉敷市にある「酒亭 金平」である。周辺には多くの飲食店が軒を連ねるが、そのなかでももっとも歴史のある老舗。
「店内はL字型カウンターのみで、昭和の酒亭という感じでとても落ち着くんです。品書きもきっと昔から変わっていないんじゃないかな。とてもシンプルで、かしわ(親鳥)、きも(豚レバー)、せせりという首肉は若鳥と親鳥の両方があります。
私は岡山が大好きなのですが、なぜかというと街のサイズ感がちょうどいいと思うんです。(締めの)バーまで3~4軒行って、そのまま(宿泊先の)京都に戻るということもめずらしくないです。
『金平』に伺うのは、やっぱり口開けが多いですね。ここの親鳥は120回くらい噛んでもまだまだ味が出てくるからなかなか飲み下せない(笑)。専用の焼き機があって、焼き上がりを待ちながらお燗酒をいただくわけです。まずは焼酎のソーダ割を注文して、冬なら湯豆腐も。地元のお酒で『嘉美心』というのがあって、日本酒の扱いはこれ1本なんだけれど、そういう潔さがいいんです。親鳥を噛みしめながら、熱燗を飲む。あまり長居する店ではないので1時間くらいでサッと出ますが、とても心に沁みる時間です。岡山にはほかに好きな料理店やバーもたくさんあります」
3.ホームタウン・西荻窪の割烹で夕暮れどきから至福の時間を
割烹 有いち「八寸」

2026年7月に出版されたばかりの『予約一名、角野卓造でございます。【東京編】』。この本には京都編と同様に、角野さんが通い続けるお店への思いがたくさん詰まっている。
「どのお店も私にとってはすごく大切で、心の支えになっているのですが(2026年)6月末に荻窪から西荻窪に移転する『割烹 有いち』もそのひとつです。以前の場所が再開発されるというのでお引越しされたばかりなのですが、ここは東京なのに不思議と京都を感じるんです」
角野さんはインタビュー時(5月)もまるで我が子のことのように、その移転を心待ちしている様子だった。
「2007年から荻窪で(店を)やっていらっしゃったので、もう18年ですね。店主は大学を出て、いずれ自分で飲食店を始めたいからと、流通の仕組みなどを知るために大手のスーパーマーケットに就職するんです。学生のときは阿佐ヶ谷の『バードランド』でアルバイトもされていたそうです。それで、スーパーマーケットで働いたあと人形町の日本料理店で修業をして、晴れて独立。僕は以前のお店から何度も通わせていただいて、一澤信三郎帆布さんの暖簾を贈ったこともあります。とても喜んでくれて、僕も嬉しかったですね。
このお店での楽しみはやっぱり八寸かな。旬味がとても丁寧に盛り込まれていて、これを肴に日本酒を飲むのが幸せです」
初夏は能登のもずく酢や実山椒入りのシャリを使った鱧寿司、長良川の天然鮎の一夜干しなども。基本的にはおまかせコースのみだが、分量の調整は可能だという。
「いつのことだったかな、私がこのお椀の出汁はどうなんだろうと言ったことがあるそうなんです。それを店主はすごくはっきりと覚えていて、あのときの角野さんの言葉で気づけたことがあると言ってくれます。お客さんとなれなれしくはならないけれど、ひとりひとりのことをちゃんと覚えている。そういう誠実さがお料理にも出ているので、移転先での活躍もとても楽しみにしています」
酒場めぐりをこよなく愛する角野さんの食の記憶は、まだまだ尽きることがない。『予約一名、角野卓造でございます。【東京編】』でも、その深く濃い思いが感じられるはずだ。

1948年東京都生まれ。1970年文学座研究所に入所。1972年『飢餓海峡』で初舞台を踏む。主な出演作にドラマ『渡る世間は鬼ばかり』『HERO』など。グルメエンタテインメント番組『おやじ京都呑み』も好評。

