2023年、京都の将軍塚青龍殿で開催された「ドン ペリニヨン レベレーションズ」。前年収穫のドン ペリニヨンの軌跡を追いつつ、新たなヴィンテージがお披露目されるこのイベント、2024年の舞台となったのはスペインのバルセロナであった。
クリエーションの軌跡を追う「ドン ペリニヨン レベレーションズ 2024」
2024年7月にスペインのバルセロナで「ドン ペリニヨン レベレーションズ」が開催された。メゾンから招待を受けたのは世界各国を代表するアーティストやクリエーター、シェフやソムリエなど総勢約130名。スペイン人アーティストのロッシ・デ・パルマ氏、イタリア人女優で脚本家・監督でもあるヴァレリア・ブルーニ・テデスキ氏、バイエルン国立バレエ団プリンシパルのジュリアン・マッケイ氏、カナダ人アーティストのクロエ・ワイズ氏など錚々たる顔ぶれだ。日本人では昨年のイベントで料理を担当した「NARISAWA」の成澤由浩氏の姿も見えた。
イベントの舞台となったのは、東京銀座資生堂ビルの基本設計やボルドーのシャトー・ラフィット・ロッチルドのセラーも手がけたバルセロナ出身の建築家、故リカルド・ボフィル氏の「ラ・ファブリカ」。バルセロナの郊外に打ち捨てられていたセメント工場をボフィル氏が買い取り、1年半かけて改修。1975年から自邸兼仕事場として利用していた建物だ。
ディナーに先立ち、ドン ペリニヨン レベレーションズではお決まりのソロテイスティング。一切の雑念を払うべく、参加者はヘッドホンを耳にセットして外界の音を遮断し、目の前のグラスに注がれた液体にただひたすら向き合う。注がれたのは最新の「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2015」である。
じつのところわれわれジャーナリストは、ラ・ファブリカに向かう直前、市内のホテルで醸造最高責任者のヴァンサン・シャプロン氏を囲み、このシャンパーニュをテイスティング済み。
2015年はシャンパーニュ地方に限らず、フランス中が記録的に暑かった年。同時に雨が少なく、非常に乾燥した年でもある。そのため、ブドウには水分ストレスが大きくかかり、区画ごと、または同じ区画ですらブドウの熟度に差が生じた。醸造チームはドン ペリニヨンに充てられた900ヘクタールのグラン・クリュ、プルミエ・クリュの中から、最適なブドウ、ワインを厳しく選抜したという。
テイスティングの印象では、異例の晩熟なヴィンテージとなった「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2013」が、果実の凝縮感と同時にフレッシュな酸を備え、ヴァーティカルなタイト感が支配的だったのに対し、太陽の年である2015はよりボリュームが大きく感じられるのは当然として、アフターのフェノリックなビターさが重々しさを抑えている。「水平方向のセンセーション。そう、杉本博司の海の写真のように」とシャプロン氏はいう。
このテイスティングでは、「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2006 プレニチュード 2」も試すことができた。プレニチュード 2とは、ドン ペリニヨンが熟成中に迎える第2のピークで、通常のドン ペリニヨンが第1の熟成ピークを迎えた8年前後でデゴルジュマン(澱抜き)されるのに対し、およそ15年にもわたる長い期間、澱と接触させたドン ペリニヨン。2006年ヴィンテージも暑い年だったが、2015年とは大きな違いがあるそうだ。
2015年が暑く乾燥した年だったのに対して、2006年は暑く湿った年。澱との接触期間の長さももちろん関係していると思われるが、2006年の「プレニチュード 2」はクリーミーでまろやか、鷹揚な印象に仕上がっている。「水平方向にのみ伸びる2015に対して、こちらは全方向に広がり、まるで球体のようだ」とシャプロン氏はいう。
香りや味わいを分析的に表現せず、“触感”で表すのが近年のドン ペリニヨン醸造チームのトレンドだそうで、シャプロン氏がこの日の午前中、バルセロナに集まった世界中の著名シェフらとドン ペリニヨンはどうあるべきかを話し合ったところ、口中での触感(Tactile Sensation)がキーワードになったそうだ。
“触感”まで計算された至高のペアリング
さて、ディナーはというとこれがまたすごい。
バルセロナの一つ星レストラン「ティケッツ」のシェフにして、巨匠フェラン・アドリア氏を兄にもつアルベルト・アドリア氏、それにイタリア・アブルッツォ州のカステル・ディ・サングロで三つ星レストラン「レアーレ」を経営し、東京のブルガリ・ホテルにも店をもつニコ・ロミート氏の、フォーハンズ(4つの手)による料理。さらにベルトラン・シャマユ氏のピアノ生演奏が色を添える。
ひと皿目の「LIFE CYCLE OF THE RED PRAWN」は、大きさの異なる4尾の赤エビ。一番小さなエビから大きなエビになるにしたがい、味わいよりもテクスチャー、触感が変化することに気づく。徐々に引き締まっていくその触感は、たしかに「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2015」の、フェノリックな水平方向の触感と共通する。
3皿目の「BLACK TRUFFLE & GRILLED CHICKEN RAVIOLIS」は黒トリュフとチキンを平たいラヴィオリに詰めたもので、その触感はまさに球体。「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2006 プレニチュード 2」とのペアリングは完璧であった。
このイベントに合わせ、2023年におけるドン ペリニヨン創造の軌跡を追う特別展が、7月10~14日までの5日間、バルセロナ市内のプライベートミュージアム「パラオ・マルトレル」で開催された。ヴァンサン・シャプロン氏を筆頭に、2023年のクリエーションに奮闘する人々の姿や四季折々のシャンパーニュ地方の景観、ブドウの成育、剪定、収穫、選果などのプロセスを、写真、絵画、文章などの形で展示。ロシュシュアール現代美術館から貸し出されたジュゼッペ・ペノーネ氏の「Il Verde del bosco con ramo」が展示のラストを飾る。
じつをいうと、「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2023」が今後登場することはない。猛暑だけならまだしも多雨の影響を受け、記録的な収量となったこの年、ブドウは房、粒ともに大きくなり、肝心の果汁成分が薄まってしまった。昨年のイベントでは「ドン ペリニヨン ヴィンテージ2022」の発泡前即興バージョンを試飲する機会に恵まれたが、今回それがなかったのは、2023年が欠番となったからだ。
ちなみに、ブドウの収穫時点ですでにクリエーションを断念したのかとシャプロン氏に尋ねたところ、「ドン ペリニヨンはヴィンテージのみなので、可能な限り毎年造れるよう努力する。決定したのはベースワインが仕上がり、アッサンブラージュの作業に入ってから。まさにぎりぎりの判断だった」という。
たとえプロダクトとならずとも、そのヴィンテージの記憶として“痕跡”を記す。ドン ペリニヨンのように収穫からリリースまで長い年月を必要とするシャンパーニュの場合、あるヴィンテージがリリースされた頃、それをクリエイトした醸造最高責任者はすでにメゾンを去っているかもしれない。後世に伝える意味でも、「ドン ペリニヨン レベレーションズ」は大きな意味をもっている。