2024年、ついに宇宙への旅に出るGMOインターネットグループ代表の熊谷正寿氏。眼下に青い地球を見下ろしながら、成層圏でしたいこと、そして空への想いを訊く。【特集 エクストリーム旅】
熊谷正寿「思考し続けていたい。だから私は旅に出るのです」
これまでの渡航回数は183回。旅のエキスパートであるGMOインターネットグループ熊谷正寿代表がついに、宇宙旅行へ向かう。参加するのは、アメリカのスペース・パースペクティブ社による気球型宇宙船「ネプチューン」で行く上空30㎞、成層圏への旅。
「一般的には『宇宙』とは地球から上空100㎞以上をいいますので、高さ30㎞の成層圏で重力もある場所への今回の旅は、広い意味で空の旅ともいえます。私はパイロットの免許を持っており、上空13㎞まで操縦したことがありますが、それよりもさらに高い、いわば宇宙の入り口を見ることができるのです」
旅の始まりは海洋宇宙港のボイジャー、またはフロリダ州スペースコーストから。宇宙船をバルーンで吊り上げ、気球のように緩やかに上昇、2時間かけて上空30㎞にたどり着くという。ここでの滞在時間はおよそ2時間、その間は360度、窓が張りめぐらされた丸い宇宙船から、地球の姿と宇宙の暗闇を眺める予定だ。
地球への帰還は、同じくバルーンで2時間かけてゆっくり下降し、船が待つ海上にたどり着く。宇宙船に乗りこんでから全行程、合計6時間の旅となる。
成層圏で楽しむとっておきのワイン
「この旅行が発表されたと同時にチケットを8名分購入し、出発を心待ちにしていました。今のところ、2024年中に出発できると聞いていますので、準備を始めているんですよ」
熊谷氏はそう言って、GMOのロゴの入ったワッペンをいくつも取り出した。8名乗りの宇宙船1艇をGMOで借り切り、希望する役職員パートナー(GMOでは社員のことをパートナーと呼ぶ)とともに成層圏からの眺めを楽しむという。
「どうせなら、8人お揃いのフライトジャケットをつくって、このワッペンをつけようと考えているんです」そう微笑んで、熊谷氏はまるで少年のように目を輝かせた。
2024年内に出発するこの宇宙船、すでに25艇分のチケットが完売したとスペース・パースペクティブ社は発表、現在は2025年出発の限られた席しか空席がなく、熊谷氏らが乗りこむのは、まさに世界のセレブリティたちが羨むプレミアシートだ。現在出発日を含む詳細の発表を待っているところだが、成層圏で重力もあるため、特別な訓練は必要ないとされている。
「船内にはトイレはもちろん、バースペースやWi-Fiまであるそうです。とっておきのワインを持っていって、地球を眺めながら仲間とともにグラスを傾ける、なんてこともできますね。持ちこむワインはDRC、ルロア、アルマン・ルソーがいいかな。宇宙船にともに乗った、というかけがえのない思い出を共有し、仲間との絆も、きっと深めることができるでしょう」
空よりも少し高い場所、成層圏。そもそも熊谷氏は自身で飛行機やヘリコプターを操縦するほど、空への憧れと造詣が深い。
「毎晩空を飛ぶ夢を見ているような少年でしたから。今はヘリや飛行機を操縦するたびに思うのです。空は自由だと――。もちろん飛行ルートや、行ってはいけない場所はあります。けれど空は、地上と違い信号で止まることもなく、自分の思うままに進める。そしてビジネスにおいても、空はやっぱり自由なフロンティアだと思っています」
その言葉どおり、GMOインターネットグループでは現在、「空飛ぶクルマ」の普及のために取り組みを進めている。具体的には情報セキュリティとサイバーセキュリティ技術による、「空のセキュリティ」確立に向けて技術を構築しているところだ。空をもっと安心・安全で身近な移動手段にするための次世代エアモビリティこそ、新たなビジネスを生みだすきっかけになると熊谷氏は確信している。
「我々はベンチャー企業ですから、アドベンチャーが大好きでして(笑)。空飛ぶクルマには夢を感じているんです。これが成功すれば、技術的にも次は成層圏の旅をもっと身近にできるかもしれません。今回私が行くような、訓練のいらない手軽な宇宙旅が、もっと低価格で実現できる。ですから、今回の成層圏の旅は、実地調査もかねているんですよ。そして実際に成層圏に行けばまた、新たなアイデアも浮かんでくるはずです」
旅は知的好奇心を刺激し満たすもの
これまで数々の旅をしてきた熊谷氏。2023年の年末には、アゼルバイジャンの首都バクーを訪れ、大きな刺激を受けた。
「天然ガスの一大産地で、『火の国』といわれています。50年以上前に、タバコの火が天然ガスに引火し、以降大地から炎が噴きだし続けている場所があるんです。旧市街と近代的な高層ビルの対比にも非常に驚きました。こんな場所があるのかと、感動しましたね」
そもそもアゼルバイジャンへは、別の場所からのフライトの際、熊谷氏のプライベートジェットの給油で立ち寄ったという。
「給油だけですから、本当なら飛行機の中で待っていればいいのですが、私はじっとしていられませんので(笑)。すぐに降り立ちクルマを走らせて、アゼルバイジャンの街を見て回りました。短い時間でしたが、空港でじっとしていたら見られなかったものがありましたよ」
給油のわずかな時間すら、新しい景色と出合う旅に出る。そんな熊谷氏が、旅に求めることとは何なのだろうか。
「旅は知的好奇心を刺激し満たすもの。少しでも多くのものを見て、多くの人に出会いたいですから。ご存知でしょうか、人間の行動の90%は習慣に基づいているといわれています。同じ場所に居続けることは楽かもしれませんが、一種の思考停止状態といえます。常に見たことのないものを見る旅に出て、思考し続けていたいと私は思っています。
さらに旅だけではなく、細かいことですが、例えば会議でいつも同じ席に座る、なんていうのもこの思考停止状態。グループでそういう人を見たら、私はすぐに『席を替えてみて』と言いますよ。だって座る場所を変えるだけで見える景色が変わって、脳が刺激されますから」
見たことのないものを求める。いつもと違う場所からものを見る。その最たるものが、宇宙という非日常への旅だ。
「地球に帰還した宇宙飛行士の方は皆さん、『宇宙から見る地球ほど美しいものはない』とおっしゃいます。私の場合は成層圏への旅ですが、彼らと同じく地球を眺める感動を味わえるのが楽しみです」
この旅から戻り、熊谷氏が何を語るのか、宇宙からどんなビジネスアイデアを持ち帰るのか、刮目して待ちたい。
SPACESHIP NEPTUNE
2021年にアメリカ、スペース・パースペクティブ社が発表した宇宙船「ネプチューン」の旅。サッカースタジアムほどの大きさの気球を推進力とした与圧式カプセル。フロリダ半島の上空を東から西へ飛び、メキシコ湾の宇宙港に着陸予定。1席$125,000(約1,800万円)。2025年のフライトを購入の場合、1席$25,000(約370万円)のデポジットが必要。詳細はこちら
この記事はGOETHE 2024年4月号「総力特集:エクストリーム旅」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら