プロ野球のペナントレースが開幕し、早くも歴史的な記録が生まれた。2026年3月31日の北海道日本ハム対ロッテ戦で、細野晴希がプロ野球史上91人目となるノーヒット・ノーランを達成。12奪三振の圧巻の投球だった。しかし、この快挙は決して順風満帆の末に生まれたものではない。高校、大学、そしてプロ入りまで――才能と課題の狭間でもがき続けた左腕の歩みを振り返る。

プロ野球史上91人目のノーヒットノーラン
いよいよ開幕したプロ野球のペナントレース。連日熱戦が続いているが、パ・リーグでいきなり大記録が生まれた。
2026年3月31日に行われた日本ハムとロッテの試合。日本ハム先発の細野晴希が、プロ野球史上91人目となるノーヒット・ノーランを達成したのだ。立ち上がりにいきなり四球を与えたものの、5回以降は一人の走者も許さず、12奪三振というまさに圧巻のピッチングだった。
東京の無名左腕が覚醒した大学2年春
そんな細野は東京出身。中学時代は東海大菅生中学の軟式野球部でプレーしている。東亜学園進学後、早くから公式戦で登板し、東京都内では評判の左腕だった。しかし、当時のストレートは130キロ台中盤がほとんどで、プロのスカウト陣から高く評価されるような選手ではなかった。
細野の名前が一気に関係者の間に知れ渡ることになったのは東洋大進学後の2年春のシーズンだ。
チームの開幕戦となった青山学院大戦で先発を任せられると、立ち上がりから相手打線を圧倒。リリーフが逆転を許してチームは敗れたものの、6回2/3を投げて被安打5、8奪三振で無失点。リーグ戦初先発とは思えないピッチングを見せたのだ。
この試合を記録したノートにも以下のようなメモが残っている。
「ゆったりとしたモーションで軸足にしっかりためを作ってから投げることができており、体重移動のスピード、腕の振りの鋭さは高校時代とは別人のよう。
コンスタントに140キロ台後半をマークし(この日の最速は149キロ)、前で大きく腕が振れるため数字以上の勢いが感じられる。右打者だけでなく左打者の内角にも速いボールを狙って投げられ、ストレートがなかなかとらえられない。
(中略)
変化球はスライダーが中心で、少し変化が大きいものの、打者の手元で斜めに鋭く変化し、空振りを奪えるボール。腕の振りもストレートと変わらない。左投手らしいボールの角度があるのも魅力。牽制も上手く、走者を背負っても落ち着いた投球。今年4年生でも余裕で上位指名されるレベル」
ちなみに相手の青山学院大には現在プロでプレーしている泉口友汰(巨人)、中島大輔(楽天)、山中稜真(オリックス)の3人も出場していたが、いずれもノーヒットに抑え込んでいる。
さらに3カード目となった中央大との試合では14奪三振で完封。このシーズンの活躍で一躍リーグを代表する投手となった。
最大の課題は“制球”。エース候補の苦悩
しかし、その後の細野の大学生活は決して順風満帆だったわけではない。
デビューした2年春のシーズンは好投しながら味方の援護がない試合が続いて最下位に沈み、入替戦でも日本大に敗れて二部に降格となったのだ。2年秋は入替戦で打球を受けた怪我の影響もあって登板機会を減らし、自身も0勝に終わっている。
その後もなかなか勝ち切れないシーズンが続き、2年秋から4年春までの4シーズンは二部リーグでのプレーとなった。
チームが勝てなかったことだけでなく、細野自身にも課題があったことは確かである。それはコントロールがなかなか安定せず、試合のなかでも調子の波が大きかったことだ。
150キロを超えるストレートを連発して三振を奪ったと思えば、次の回にはなかなかストライクが入らず、四死球からピンチを招いて失点を喫するというケースも多かった。そしてそれが学年を経て改善していく傾向がなかなか見られなかったのも気になる点だった。
4年春のリーグ戦後に行われた駒沢大との入替戦でも9回を一人で投げ抜いて自責点0、1失点で完投勝利をあげたが、8四球を記録。この試合を記録したノートにも以下のように書かれている。
「立ち上がりから150キロ前後のストレートは勢い十分(この日の最速は153キロ)。高めのボールも低めのボールも勢いが変わらない。
(中略)
右足を上げた時の姿勢が少し安定せず、踏み出すステップの位置も気にしている様子。なかなか踏み出した右足の着地も安定せず、体勢が崩れるケースも目立つ。
ストライクゾーンを大きく外れるボールも多く、ストライクとボールがはっきりしているので、組み立てに苦労する。上半身の力みもあり、もう少し力を抜いて投げられるようにしたい」
この4年春のシーズンも二部リーグでは5勝0敗と結果を残したが、44回を投げて26四死球を記録しており、4年秋になってもその不安定さが解消されることはなかった。
早くから評判となり、左投手で最速158キロをマークしながらもドラフトでは最初の1位入札がなく、“外れ外れ1位”となったのはこのあたりに原因があると言えるだろう。
遠回りした左腕がついに証明した“エースの器”
ただ、プロ入り後も制球難は時折顔を見せるものの、自滅するようなケースはなくなり、着実にレベルアップしていることは間違いない。ノーヒット・ノーランを達成したロッテ戦でもボール球が続くケースはほとんどなく、大きな成長を感じさせた。
また開幕カードでライバルのソフトバンクに3連敗を喫していたチームにとって、その悪い雰囲気を払拭する意味でも細野の快挙は1勝以上の意味があったことは確かである。
このピッチングを続けて、名実ともにチームのエースへと成長してくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

