林陵平という解説者が登場する前と後では、サッカー観戦の質が明らかに変わった。林の解説で試合を見ると、サッカーへの理解度がぐいと上がったように感じるのだ。斬新な解説スタイルが生まれた背景と、独自の武器を磨く方法を、選手時代、監督時代、そして現在の3つのフェーズで語ってもらった。【3回目】

見る人のレベルが上がれば、サッカーはもっと盛り上がる
2023-24シーズンを最後に東京大学ア式蹴球部の監督を退任した林陵平は、現在、サッカー解説に専念している。今回は、解説者としての自分だけの武器をどのように磨いているのかを中心に話を聞く。
解説者としてのキャリアを積み上げていくなかでこだわっている点を尋ねると、林はすぐにこう打ち返した。
「僕の解説の特徴としては、“なぜ?”という部分にすごくこだわっています。前線からのプレッシャーがかかっていないと解説する場合、構造の部分もすごく大事で、その“なぜ?”を話せるのが強みだと思っています」
本人の言うように、林のサッカー解説は目の前で起きている事象を述べるだけでなく、その事象が起きた理由と背景を説明してくれる。だから林の解説を聞きながらサッカーを見ていると、2次元の液晶画面が3Dの立体画像であるかのように感じる。
「プラスして、僕は未来が読めるんですよ(笑)。このシステムとこのシステムで、この選手たちが揃ったらこういう戦いになるよね、というのを先に話すことができる。これは特殊技能だと思っています。あと、この選手をこの選手に替えたらもっと流れがよくなるよね、というところまで結構自信を持って話すので、それができる人はなかなかいないと自負しています。起こったことではなく、起こりそうなことを話すっていうのは自信がいることですし、それが当たらなかったら“全然ちゃうやん”ということになりますが、そこは自信を持ってやっています」

確かに、名将と呼ばれる監督が、林の予言どおりにハーフタイムに戦術の修正や選手交代を行うケースを何度も見てきた。
感心するのは、たとえばバルセロナやマンチェスター・シティに所属するような世界的名手だけでなく、J2のチームのベンチに座っている控え選手のキャラクターまで把握している点だ。ラ・リーガのクラシコも、J2のリーグ戦も同じ熱量で見ている証拠だろう。
「もちろんそうですよ。いろいろなフットボールがあって、別に僕はポゼッションだけがいいサッカーだとは思いませんから。自分より試合を見ている人はいないはずだし、自分は歩くサッカー選手名鑑だと思っているんです。ドイツ、スペイン、イタリア、イングランドとJリーグに関しては、全員の特徴を理解しているから、それもめちゃくちゃ強みです。システムや構造の話だけだと限界があるけれど、そのサイドバックの選手が前に捕まえに行くのが得意なのか、下がって守備をするのが得意なのかで戦術も変わってくるので、選手の特徴を理解しているほうがしゃべりやすいというのもあります」
林陵平が監督になる日は来るのか?
どうしても戦術の話が多くなるけれど、林陵平のサッカー解説は、「あの選手は誰と付き合っている」というような、マラソン解説の増田明美的な要素も楽しい。
「サッカーは常に進化しているので本を読んで勉強もするし、SNSで選手の小ネタを拾うことも好きです。やっぱり戦術的な話だけだと硬くなるんで、ジャーナリスト目線、選手目線、監督目線、サポーター目線、それらをすべて複合的に見られるのは自分の特徴だと思ってやっています」
わかりやすくて、短いフレーズが瞬時に出てくる理由を尋ねると、カバンからメモ帳を取り出した。

「どの言葉を使って何を話すかについては自分なりに勉強していて、たとえば『前進』とか『保持』というテーマごとにフレーズをまとめています。サッカーって展開が速いので、長々としゃべっているとシュートまでいっちゃうので、ポイントを押さえた言葉で端的に、わかりやすく話すということは心がけています」
そして2025年は、いよいよ地上波の日本代表戦の解説も担当した。深夜にヨーロッパサッカーを見る層と違って、もしかすると3バックと4バックの違いがわからない人にも届けないといけない。
「地上波はもう少しわかりやすく、やさしい言葉でとか、使い分けていますね。ヨーロッパの試合も、開始時間や対戦相手、試合展開によって使い分けていますし、たまにはギャグも入れています。マニアであれ、初めてサッカーを見る人であれ、どんな人が見ても、この解説わかりやすいなとか、少し戦術の理解度が上がったと思ってもらえることを念頭に置いています。実は、元日本代表の肩書きを持たない人が地上波で日本代表の試合を解説するのは、僕が初めてだったんですよ。これは実現したいと思っていたことなので、うれしかったですね」
2026年はサッカーW杯、Jリーグの秋春制へのシーズン移行などサッカーに注目が集まる年になるはずだ。2026年からその先に向けて、どのようなビジョンを持って仕事をしていくのだろうか。
「日本人選手がヨーロッパにどんどん進出して、日本代表も強くなりました。日本のサッカーをさらに盛り上げるために必要なことは、見る目のレベルを上げていくことだと思うんです。ファンやサポーターの見る目を養って、みんながサッカーを語る議論のレベルが高くなると、サッカー文化がもっと深化するはずです。多少なりともそのためのお手伝いができればいいなと思います」
2025年2月に林は、JFA Proライセンス(いわゆるS級ライセンス)を取得している。つまり日本代表やJリーグで監督を務める資格を得た。
「ありがたいことにJリーグのファンやサポーターからはウチの監督をやってくれという話をたくさんいただきますが、でも、いまの仕事がすごく楽しいんですよ。趣味がサッカーを見ることと筋トレなので、忙しくてもストレスを感じません」
なるほど、しばらくの間は、林陵平の解説でサッカーを観戦するという幸せを失う心配はしなくてもよさそうだ。
インタビューを終えると、テーブルの上に載った『GOETHE』の表紙を指さして、「仕事が楽しければ人生が楽しいって、まさに僕のことですね」と笑った。天職というのは、林陵平のためにある言葉ではないだろうか。

1986年生まれ。東京都八王子市出身。ジュニア(小学生)、ジュニアユース(中学生)、そしてユース(高校生)とヴェルディのアカデミーで育ち、明治大学へ進学。2年生からは主力として活躍、同大学サッカー部を関東リーグ優勝に導いた。卒業後は東京ヴェルディをはじめ、柏レイソルなどでフォワードの選手として活躍。2020年に引退すると東京大学ア式蹴球部の監督に就任。監督と並行して行ったサッカー解説の解像度の高さがサッカーファンの間で注目され、一躍人気解説者となった。現在はサッカー解説業に専念、サッカー観戦や戦術にまつわる書籍も上梓している。新著『林陵平のサッカー観戦術2 ー試合がもっともっと面白くなる極意』(平凡社新書)。

