林陵平という解説者が登場する前と後では、サッカー観戦の質が明らかに変わった。林の解説で試合を見ると、サッカーへの理解度がぐいと上がったように感じるのだ。斬新な解説スタイルが生まれた背景と、独自の武器を磨く方法を、選手時代、監督時代、そして現在の3つのフェーズで語ってもらった。【2回目】その他の記事はコチラ

現役最後の日に、運命の電話が鳴った
サッカー解説を新たなステージに引き上げた男、林陵平は「東大のサッカー部で監督を務めたことが、現在の解説スタイルに大きく影響しています」と言う。
「現役時代はフォワードの選手だったこともあって、目の前の選手をどうやってはがすかとか、自分がどう動けばフリーになれるかしか考えていなくて、構造についてはそこまで深くわかっていませんでした。監督の戦術を理解して、どういうポジションを取ればいいのかは考えていましたが、そこから構造まで考えている選手はあまりいないんじゃないかな……」
引退を心に決めていた2020年シーズン、現役最後の試合を迎えるまさにその日に、東京大学ア式蹴球部の学生から監督就任を依頼する電話が鳴ったという。この時点にさかのぼって、監督時代を振り返ってもらった。
「もともと東大とのつながりはなくて、ただ僕が『フットボリスタ』という戦術的なサッカー専門誌によく出ていて、それで僕のことを知ってくれたみたいです。僕は水戸(ホーリーホック)に在籍していたことがあるんですが、当時水戸のGMだった西村(卓朗)さんが東大の練習試合を見に行ったときに学生から僕の話が出て、西村さんから『東大の学生に林の連絡先を伝えてもいい?』という流れになりました」
こうした経緯で、2021年1月末に林は東京大学ア式蹴球部の監督に就任する。最初にぶちあたった壁は、「彼らより戦術的なところを理解していないと、話を聞いてもらえない」ことだったという。

1986年東京都八王子市生まれ。ジュニア(小学生)、ジュニアユース(中学生)、そしてユース(高校生)とヴェルディのアカデミーで育ち、明治大学へ進学。2年生からは主力として活躍、同大学サッカー部を関東リーグ優勝に導いた。卒業後は東京ヴェルディをはじめ、柏レイソルなどでフォワードの選手として活躍。2020年に引退すると東京大学ア式蹴球部の監督に就任。監督と並行して行ったサッカー解説の解像度の高さがサッカーファンの間で注目され、一躍人気解説者となった。現在はサッカー解説業に専念、サッカー観戦や戦術にまつわる書籍も上梓している。新著『林陵平のサッカー観戦術2 ー試合がもっともっと面白くなる極意』(平凡社新書)。
「率直に言って、技術レベルも体力もほかの大学に比べると劣るわけです。そこで彼らは戦術で勝とうとしていて、戦術にはめちゃくちゃ詳しいし、テクニカルのスタッフが20人もいるんです。レベルが上の相手との対戦時にも、テクニカルスタッフから『林さん、もう少しパスをつないでポゼッションできるんじゃないですか』と言われて、なんだ!? と思いました(苦笑)」
参考までに、J1の強豪チームであっても分析を担当するテクニカルスタッフはせいぜい3〜4人といったところだ。
「彼らに、走れとか球際で負けるなとか、切り替えを早くしろと言っても聞いてもらえないんです。だから映像を分析して、構造を理解しながら戦術に落とし込んで彼らに伝えられるように、めちゃめちゃ勉強しましたよ。3-4-2-1、4-3-2-1、4-3-3などなどサッカーにはいろいろなシステムがあって、それぞれに長所と短所がある。それらをすべて理解して、このシステムとあのシステムが戦うとどんな噛み合わせになるか、いろいろと学びました。あと、彼らは頭がいいから、言語化できないと聞いてもらえない。言葉選びでもずいぶんと鍛えられました」
言葉は悪いけれど、東大サッカー部の“戦術オタク”と対峙するために、林のサッカー解析能力が引き上げられたのだ。
「いまになると、東大の監督でよかったと思いますね。これが強い体育会のチームだったら、パワーで押し切るとか長いボールを入れて競り勝てということになります。技術と体力に劣る選手の集まりを、どうすればボールを動かせるチームにできるかというのはすごく勉強になりました。1年目はマネジメントの部分で難しいところがあったけれど、2年目、3年目は純粋に楽しかったですね」

監督業と解説業のシナジー効果
ここでは東大監督時代というフェーズで紹介しているけれど、実はこの時期、林は監督と解説の仕事を並行で行っていた。そしてこの二刀流が、シナジーを発揮したという。
「監督として勉強してインプットしたものを、今度は解説でアウトプットする。そして解説者として伝える力を磨くと、今度は選手に話をするときにも生かされる。このインプットとアウトプットのバランスと循環が、めちゃくちゃよかったんですよ」
監督として指揮を執って学んだことはあるかという質問には、大きく首を縦に振った。
「戦術的な話をしているとよく誤解されるんですけれど、でも一番大事なのはメンタリティとか姿勢とか気持ちの部分だということですね。東大の学生にも、戦術を先に考えてしまいそうだけれど、戦う部分が抜け落ちていたら戦術なんて意味がないと伝えていました。もうひとつ、いくらいい立ち位置をとっていても、止める・蹴るという部分がなっていなくてパスがズレたら話にならない。やっぱりこうしたすべての要素がバランスよく整わないといいフットボールはできないということを学びました」
2025年2月、東京大学ア式蹴球部監督を退任して解説業に専念していた林陵平は、元サッカー日本代表の中村俊輔や阿部勇樹らと同じタイミングで、JFA Proライセンスを取得する。いわゆるS級ライセンスで、J1クラブや日本代表の監督を務める資格を手に入れたことになる。
次回は、解説のスキルを磨くノウハウや、日本サッカー界への思いを語ってもらった。
※3回目に続く

