PERSON

2026.01.14

鹿島優勝の裏側。中田浩二、『鹿島らしさ』を言語化し、ズレていた目線を合わせた

Jリーグの歴史はわずか30数年しかない。鹿島アントラーズはそのなかで21の主要タイトルを獲得。一度も降格争いをしたことはなく、二桁順位も数えるほど。常勝軍団といわれる所以でもある。クラブ創設に深くかかわったジーコのスピリットが宿る不変の「鹿島らしさ」が強さの秘密ともいわれてきた。中田浩二はフットボールダイレクター(FD)就任後、その「鹿島らしさ」の言語化に取り組んだという。9年ぶりにJリーグ優勝を果たした鹿島の2025年シーズンを中田浩二に聞いた。2回目。1回目はコチラ

鹿島優勝の裏側。中田浩二、『鹿島らしさ』を言語化し、ズレていた目線を合わせた

伝統をチューニングしながら、時代にあった形に

――鹿島は30年近く、ずっと鈴木満さんが強化責任者を務めてこられました。

「ジーコのスピリッツを大切にしながら、強い鹿島をつくってきた方です。僕も選手としてお世話になったし、満さんが大切にしてきたこと、たとえば人を大事にするという姿勢は僕もしっかりと受け継いでいかなければいけない。鹿島の伝統をチューニングしながら、今の時代にあった形で進めていくべきだと思っています。変えていいものと変えてはいけないものを整理する必要性を強く実感しています」

――整理するとは?

「選手はもちろん、チームに関わる人間はいろいろ入れ替わりがあります。それにサッカーの変化も。そういうなかで、『鹿島らしさ』というものに縛られている部分もあると感じていました。その『鹿島らしさ』というものが、人それぞれ違うんですよ。正解はないと思うけれど、皆の目線を合わせなくてはいけない。2025年シーズン初めに、『鹿島らしさ』を言語化したいと考えました」

――ずっと大切にしてきたと言われる『鹿島らしさ』も実は漠然としていたと。

「トップチームの監督、コーチ、スカウト、管理部の人間……現役のスタッフだけでなく、OBも含めて、『あなたが考える鹿島らしさとは?』というのを聞いたんです。いろいろ出てきましたよ。チームとしてはどうか? フォワード、ミッドフィルダー、センターバック……ポジション毎にも『鹿島らしいフォワード』という感じで、話し合いました」

――意見をまとめるのも大変だったのでは?

「そうですね。でも、それほどかけ離れた意見が出てくるわけではないので。僕がまとめて、『鹿島DNA』として、クラブスタッフ全員に共有しました。僕らアントラーズは、現時点でこういうものですと。でもこれもまた、数年後にはアップデートしていくものだと思っています。そのなかで、さらに変えちゃいけないもの、変わるべきことが明確になっていければと」

――そのなかで、いくつか紹介してもらえますか?

「まずジーコ・スピリットとして掲げてきた『献身・誠実・尊重』というメンタリティ。そして、練習の緊張感や強度の高さというのは、戻していかなくてはいけないと感じていました。そのためには、選手間の競争を促す必要がありました。僕は6人の同期がいて、誰もが20歳以下の代表候補でした。ライバルとして切磋琢磨できたし、若手でありながらも、先輩のポジションを奪ってやろうという気持ちも強かった。日本代表選手が並ぶレギュラー組との紅白戦でも、くってやろうと必死でした。そうやって僕自身も成長できたし、チームも結果を残せていた。そういう空気を作りたい」

鹿島・中田浩二

敗戦を受けて切り替えた、鬼木監督の柔軟性と継続性

――話は前後しますが、2025年シーズンへ向けて、川崎フロンターレ監督を退任した鬼木達さんを監督に招聘しました。

「鬼木監督は選手として鹿島でプレーされてきたOBなので、鹿島のフィロソフィーをしっかりと理解しています。そのうえで、対戦相手として鹿島を見てきた人。監督人事を構想するうえで、一番しっくり来たのが鬼木監督でした。『中長期的な視野で新しい鹿島をつくりたい』という想いを伝えて快諾してもらいました」

――そして、就任1年目でのタイトル獲得。この結果は想定内でしたか?

「もちろん、そこを目指していたし、短期的な結果も求めていました。鬼木監督はそれができる人だとも思っていたけれど、簡単にいくとは思っていなかった。だから本当に鬼木監督はすごいなと」

――鹿島は伝統的にロングボールでの戦いが得意なチーム。鬼木監督は短いパスを繋いでいくという攻撃的なサッカーを川崎で確立された監督です。鬼木体制のもとスタートしたチームでも、止めて蹴るという基本から始まり、鬼木サッカーを体現しようと選手たちも意欲的でした。けれど、リーグ開幕の湘南ベルマーレ戦で、0-1で敗れてしまった。続く第2戦では、ロングボールという選択肢も選手に与え、4-0と快勝しました。

「キャンプからずっと、鬼木監督は自身のサッカーを表現しようと準備してきました。でも、初戦の結果を受けて、選手が特長を出せるように選択肢を拡げました。そうやって勝ちながら、自分のサッカーをやっていけばいいと。川崎でいくつものタイトルを獲り、自分の形を持っている人が、チームの状態、選手を観て、『勝つ確率を高めるために、今はこうすべきだ』と、切り替えたのは大きな決断だったと思います。そういう柔軟性もそうですし、勝負師的な思考はさすが鬼木達だと思いましたね」

――開幕戦後、FDとして、監督に要請したんですか?

「試合の振り返りでいろいろ話はしました。でも、僕からこうしてくれという話は一切なかったです。1試合が終わっただけで、やり方を変えてほしいとは思わなかった。時間がかかることも承知の上でしたから」

――勝ち点1差のギリギリでの優勝でした。試合の内容が良くなくとも負けない粘り強さを多くの人が『鹿島らしい』と称賛しましたね。最終節には鬼木監督がやろうとしていたサッカーを表現できたとも感じました。

「確かに試合での選択肢は増えました。鬼木監督はやり方を変えたと映ったかもしれませんが、日々のトレーニングで選手に求めることは変わらなかった。1年間継続して積み上げてきたものがありました。若手だけでなく、ベテランも居残り練習をしていましたし、鬼木監督はそれをいつも最後まで見守っていた」

――勝利を手にしながらも、目標は先にある。

「勝ちだけにこだわるのではなく、監督自身のやりたいことを求め続けた。ブレることのない監督の姿勢を選手も理解し、そこを目指した。選手の成長を感じる1年でしたね」

鹿島・中田浩二

世界へ出ていく選手を育てていきたい

――5月にふたりのレギュラー選手が相次いで負傷し、長期離脱となりました。すぐさま同じポジションの選手を獲得しました。その対応スピードは見事でした。

「チームを編成するうえで、昔と今とで大きく違うのは、選手の移籍が増えたことだと思います。国内だけでなく、シーズン途中にヨーロッパへ移籍する選手も少なくない。選手の出入りのサイクルが速くなりました。高卒ルーキーが3年経って、やっとチームに定着し、力を発揮し、成長していく……という感じではない。レギュラークラスの選手が移籍してしまったとき、チーム内に次に続く選手がいないから、ダメだった……なんて、僕の立場では、言い訳にもならない。怪我や移籍で欠員がでたときに、補充するのではなく、補強できるような選手のリストを作っておくべきなんです」

――すぐさま獲得とはならずとも、何かあれば動ける情報を収集しておくということですね。

「そうですね。強化のスタッフがスカウティングやさまざまな人脈を通して、うちに合う選手というか、必要な選手の名前を各ポジションでリスト化し、動ける準備はしていましたから。リストがあっても資金がなければ獲得はできません。そういう意味では会社がバックアップしてくれたのもありがたかったです」

――シーズン中、アカデミー(下部組織)のユースからトップチームに帯同する選手も。

「Jリーグでは、中学年代のジュニアユース、高校年代のユースというカテゴリーになっていますが、力のある選手は年齢に関係なくどんどん飛び級というか、上のカテゴリーに引き上げていこうという方針があります。トップチームだけでなく、ユースの試合に中学生を起用することもありました。確かに体格差はあるけれど、上のレベルでチャレンジすることで、課題や自信など、得るものは大きい。そして、周りのチームメイトへの影響も小さくない」

鹿島・中田浩二
中田浩二/Koji Nakata
1979年7月9日滋賀県生まれ。帝京高校より鹿島アントラーズ加入。1999年ワールドユース(現U-20 W杯)で準優勝。2000年シドニー五輪、2002年日韓と2006年ドイツのW杯出場。2005年以降フランス・オリンピックマルセイユ、スイス・FCバーゼルで活躍し、2008年鹿島へ復帰。2014年現役引退。その後、鹿島のクラブ・リレーションズ・オフィサー(C.R.O)に就任。筑波大学大学院で社会工学を専攻。2024年から強化担当者となり、同年秋、強化責任者であるフットボールダイレクター就任。2025年は鬼木達監督を招聘するなど、9年ぶりのリーグ制覇を牽引した。

――ユースチームは2025年史上初の三冠を達成しました。良い循環が起きていると感じます。

「強化の僕らの方針があっても、トップ、ユースの監督が認めてくれなければ、実現はできませんから。そこは感謝しています。昨年末にプロ契約をした吉田湊海や元砂晏翔仁(あんとに)ウデンバ(ともにU-17日本代表)は、高校2年生ですが、トップチームの競争の輪のなかで戦っていけると判断しました」

――都会のクラブと違い、鹿嶋という地方都市で強いアカデミーを作るのは大変な苦労だと思います。

「はい。2019年にアカデミーハウスというユース選手用の寮を作りました。それによって、全国規模でのスカウティングが可能になったことも大きいですね。クラウドファンディングで資金を集めて作ったアカデミー専用グラウンドもありますから」

――小笠原満男さんをはじめ、OBが指導に当たってこられました。

「アカデミーからトップ選手を輩出するというのが合言葉になっていましたが、トップに上がるだけでなく、レギュラーになり、そこから日本代表、世界へ出ていく選手を育てていきたいと思っているので。やるべきことはたくさんあります」

※3回目に続く

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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