映画『栄光のバックホーム』で元阪神・横田慎太郎さんを演じた松谷鷹也。俳優を志しながら、かつては甲子園を夢見た“野球少年”でもあった彼は、秋山純監督からの突然のオファーに迷うことなく「やらせてください」と即答した。横田さん本人との交流や、約2年半に及ぶ準備期間を経て臨んだ撮影――。松谷が語る、役への覚悟と作品に込めた想いとは。

「バックホームを成功させる。それだけを考えていました」
俳優を目指して秋山監督のワークショップで学び、映画『20歳のソウル』に撮影スタッフとして参加していた松谷鷹也。2021年のある夜、松谷は中目黒のつけ麺屋に呼びだされ、秋山監督から「『奇跡のバックホーム』を映画にしようと思っている。横田さんの役を鷹也にやってほしい。できるか?」と声をかけられた。
「迷わず答えました。『やれるならやらせてください』と」
秋山監督は、有名俳優を起用するのが映画の常識とわかっていながら、迷わず松谷を選んだ。横田さんは野球に人生を懸けた人。だからこそ、求めたのは、芝居だけでなく“野球に真摯に向き合える人”。その条件を満たす唯一の存在が、横田さんと多くの共通点を持つ松谷だった。
元読売ジャイアンツの松谷竜二郎を父に持ち、高校時代は学法福島で投手として活躍。甲子園を目指して3年間の寮生活を送り、大谷翔平と対戦した経験もある。だが、大学1年で左肩を壊し、プロになる夢を断念。そんな彼が野球に正面から向き合うのは約9年ぶりだった。
「最初は全然投げられませんでした。痛いのが怖くて、庇ってしまい。でも監督から『CGを使わない』と言われていたので、60mの距離からのバックホームを成功させることだけを考えていました。ホームランを打つ場面もあったので、木製バットを買って素振りから始めました」
トレーニングと並行して、脚本家・中井由梨子の横田さんへの取材にも同席。横田さんからグローブを贈られ、お返しに俳優として初めて着用した衣装を渡すなど友情関係を築いた。クランクインの10ヵ月前から、ロケ地・福山市のクラブチーム、福山ローズファイターズの練習生となり、現地で生活しながら野球漬けの日々を送った。松谷が横田さんを演じる準備に費やした時間は、2年半におよぶ。
「野球のできる身体をつくることを一番頑張りました。そしてセリフを覚える。あとは慎太郎さんに身体を貸すだけ。そういう感覚で挑みました。慎太郎さんが見て『まあまあよかったよ』と言ってくれたら嬉しいです」
まあまあどころか、横田さんから譲り受けたグローブでの奇跡のバックホームも、ホームランも見事に成功。演じるのではなく、横田慎太郎を生きていた。
「バックホームのシーンには、慎太郎さんの奇跡のバックホームを実際に見た方々もエキストラで来てくださって。声援がすごく温かくて、終わった後もSNSで『横田にそっくりだった』『ありがとう』とコメントしてくださって、嬉しかったです」
現在31歳。遅れて登場した大型ルーキーが目指すのは「誰かに影響を与えられる人」。
「子供の頃に、プロ野球選手が病気の子供と『ホームラン打つから手術を受けよう』と約束し、実際に打ったことで子供が手術を受け、病気が治った話に感動しました。自分もそうやって誰かにいい影響を与えられる人になりたい。そして、僕が役者として頑張る限り、『最初の主演作』として、慎太郎さんの人生を多くの人に見てもらえると思うので、ずっと頑張りたいです」
松谷鷹也/Takaya Matsutani
俳優。1994年神奈川県生まれ。怪我でプロ野球の夢を絶たれ、19歳で大学を中退。引きこもっていた時に、兄から勧められた『仮面ライダー』に感動して俳優を目指す。ファッションモデルを経て、舞台や映画で、役者兼スタッフとして経験を積んでいる。
衣装クレジット:ジャケット¥40,700、ニット¥25,300(ともにジースター/ジースターインターナショナル TEL:03-6890-5620)



