SNSもせず、これまで一切メディアに姿を見せてこなかった作曲家・小野貴光。アイドルやアニメ、ゲーム音楽など数々のヒットを生み出してきた彼が、独学で音楽を学び続けてきた軌跡を綴ったのが、自伝『作曲という名の戦場』だ。そのなかで“心の師”と語られるのが音楽プロデューサー・小室哲哉。AI時代においても再現できない“人間らしい音”とは何か。創作にすべてを注ぎ、絶え間なく作品を作り続けるふたりの音楽家対談・後編。対談後のコメント動画もお見逃しなく! #前編

しばらく小室哲哉の音楽はAIには作れない
小野 さらに小室さんのすごさは、メロディとサウンドだけでなく、歌詞も含めた音楽のすべてを手がけていることです。
小室 作詞、作曲、アレンジ、レコーディング……。そのアーティストの曲を引き受けると、アルバムもまるごとやることも多かったです。なかでも、特に僕が苦しいのは歌詞ですね。メロディやサウンドの負担が全体の20%。歌詞は80%です。
小野 なぜ作詞されるんですか。負担の少ないサウンド面の20%に集中すればいいのでは。
小室 音だけでは飽きられちゃうんです。よく“小室哲哉っぽい”と指摘される音に自分でも飽きてくる。でも、歌詞の領域にはまだポテンシャルがある。小室っぽくないものも書けます。
小野 詞はどこからインスパイアされますか?
小室 海外映画かな。字幕から学ぶことは多いです。長い台詞を翻訳者はスクリーンの尺に収まるように訳し、短い言葉で的確に伝える。作詞に似ているんです。特にコロナ禍以降は、歌詞や台詞や翻訳が文学的・情緒的になっています。
小野 なぜでしょう?
小室 自宅で本を読み、映画を観て、言葉に触れ、インプットが多かったのかな。
小野 僕は最近音楽を聴かなくなりました。忙しいせいもありますが、それまでにインプットした“貯金”で作曲しています。小室さんは生成AIの利用も明言していますね。
小室 子供のころから今も、その時代の一番新しいものに触れずにはいられないんです。
小野 AIの進化で作曲家の存在がなくなるとも思いますが。
小室 実際に今ヒットしているなかにもAIが作った曲がけっこうあるかもしれませんね。
小野 先日大手メーカーから届いたコンペ参加の依頼文に「生成AIを使わないでください」と書かれていました。

小室 音楽の作り方も、届け方も、どんどん変わってきましたよね。今までSNSなどをやってこなかった。でもそういう時代だから、小野さんは自分の存在を広く知られる意味を感じて、自伝的な本を出したのですか。
小野 図星です……。
小室 でも、例えばAIが僕の個性を持つ音楽を作れるようになるには、まだかなり時間がかかると思いますよ。
小野 実際に、AIに「小室哲哉っぽい曲を書いてください」と言ってもできませんでした。
小室 僕もあるチームと“AI小室”を試みたけど、うまくいきませんでした。というのも僕がどんな本を読み映画を観て、人生で失敗をして、という人間性の詳細まで学習させないと、“小室っぽい”音にはならない。
そうしているうちに新しい作品を観て、出会いや別れを経験して、僕自身が変化します。だから、音楽制作はまだまだ忙しいと思っています。

