PERSON

2025.10.15

「野球だけしとけばいいんだ」闘う指揮官・星野仙一の怒号の真実

39歳で東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任。その後も、福岡ソフトバンクホークス、埼玉西武ライオンズのコーチとして請われてきた平石洋介の著書『人に学び、人に生かす。』より一部抜粋してお届けする。

平石洋介
平石洋介/Yosuke Hiraishi
1980年4月23日大分県生まれ。野球指導者・解説者。高校時代を名門PL学園で過ごし、3年時には主将として甲子園に出場。2004年ドラフト7位で楽天に入団。2019年に監督に就任。クライマックスシリーズ進出を果たすも退任。2020年から2年間はソフトバンクのコーチ、2022年は西武の打撃コーチとなり、2023年に西武のヘッドコーチに就任。2024年限りで退団した。

「あのときは、ああすべきやと思った」

初めての出会いからは想像できないくらい、星野さんとの距離は縮まっていた。きっかけは、おそらく2013年の試合でさせてもらったある進言だったと思っている。その試合、星野さんはバントをするために代打を出そうとしていた。ただ、その選手はバントがうまくなかった。迷った末、思い切って星野さんに歩み寄った。

「バントなら森山(周)が一番うまいです」

そのときの森山は「代走のスペシャリスト」としてチームに欠かせない役割を担ってくれていた。もしかすると星野さんの中で「代走・森山」も想定しているかもしれない。

そう思い、話を続けた。

「このバントと、その後の森山の代走、(星野さんの中で)どっちが大事ですか? もしこのバントと思われるなら、森山を使ってください。森山となら僕、心中できます」

怒られるかもしれない、と思ったけれど「言わなければ後悔する」。星野さんは僕の進言を受け入れ、そして森山はバントを成功させてくれた。

以来、星野さんから声を掛けてもらい、食事に行くことも一気に増えた。かつて持っていた「冷たい人」とはかけ離れた人間性に触れ、逆に「あの一言」の真意が気になった。そして、ある食事の席でのこと、さすがに勇気を振り絞り、でもストレートに星野さんに尋ねた。

「震災が起きたとき、監督は僕らに『野球だけしとけばいいんだ』と怒鳴られました。あれは本心だったんですか?」

どんな表情をされていたかは記憶にない。

でも即答だった。

「本心なわけないやろ!」

その言葉は、怒っているようにも、諭すような優しさを含んでいるようにも聞こえた。そして、「あの日」のことを話してくれた。

「チームを預かるトップとして、お前らの気持ちは痛いほどわかっていた。でもな、あのときはまだ、被害が起きたばかりで被災者の多くが連絡も取れない。行方不明者も日に日に増えて、家も車も大切なものも津波で流されて、町は瓦礫の山で、被災地はどうにもならん状況や。そこに俺ら一軍、二軍の選手、スタッフ総出で行けばマスコミだってついてくる。話題にはなるし、被災者も喜んでくれるかもしれない。......それで何になるんだ?

俺たちが大人数で被災地に行って、本当に行かなければいけない人たちが行けなくなったらどうする? ずっと滞在してボランティア活動ができるなら、行く意味があるかもしれない。でも、ずっとはいられない。俺らは野球をしなくちゃいけないんだ」

星野さんの言葉が放たれる空間は熱を帯びているように感じた。

そして、再び「お前たちの気持ちは痛いほどわかっていた」と繰り返し、こう結んだ。

「あのときの俺の伝え方が正しかったのかはわからん。でも、上に立つ人間として、あのときは、ああすべきやと思った」

言葉がなかった。

それまで抱いてきた星野さんへの感情を悔いた。

それ以上に、自分を恥じた。

ずっと人と真剣に向き合うことを心掛け、実践してきたと思っていた。

日本を揺るがす大災害によって視野が狭くなり、人の想いを汲み取り切れなかったのかもしれない。でもそれは言い訳だ。僕は単に「とんだ勘違いをしていた」のだ。

思い返してみれば震災があった直後、宮城に残っていたスタッフや家族はバスで避難をしていた。選手たちに安否確認を急がせ、どこに誰がいるのかを聞いて、リストを作り、迎えに行く。そのバスを手配してくれていたのも星野さんだった。

星野さんの本心を知ったあのとき、心に誓った。

「この人に、ついていこう」

それからというもの、僕は「星野監督」の想いを繋ぐことに努めた。

例えばあの日一緒にいた(嶋)基宏や鉄平のように、僕と似た感情を抱いていた選手は多くいた。「でも、それは誤解だった」。そう伝えた。

もちろん、僕が星野さんの本心を伝えたところで、その誤解が解消されるわけではない。それでも伝え続けないといけないと思った。

「監督はお前のこと、こう思ってるぞ」

このときの僕は、「星野監督を信じてついていけば、このチームは必ず強くなる」。そう確信していた。確かに厳しい。「あの日」の対応ひとつをとってもそうだ。でも、「見えないところにいた監督・星野仙一」の想いは、血が通っているーー。ただ、僕らには見えない、見せないだけだった。

2013年。

僕たちイーグルスは、悲願の日本一となった。野球ファンであれば、田中将大の大車輪の活躍を知るところだと思うが、星野監督のもと、心を奮い立たせたチームの勝利だったと思っている。

言葉ひとつ、行動ひとつ、振る舞いひとつ。

それだけでは見えないものがある。

星野さんのそれは、まさにリーダー、「監督としての覚悟」だったと思っている。

TEXT=平石洋介

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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