まだまだ謎に包まれた男、福田淳(あつし)。なぜだかいつも周りの人間から頼られ、案件を持ち込まれ、奔走する。そして常に国内外を飛び回り、一日一日を本気で楽しむ。タブーをタブー視せず、変化を模索する福田淳という男の連載、第7回目は何度でも通いたくなる飲食店とエンタメビジネスの共通項について。

食は記憶と結びつく極上のエンタテインメント
地球最後の日に、何を食べるか。いつの時代も議論されてきた永遠のテーマです。どこかで聞いた話ですが、男性は「母の手料理」、女性は「あの高級レストランのあの料理」と挙げる傾向があるようです。それを考えると食と記憶は切っても切れないような気がしますね。幼い頃の家族との暮らし、あのレストランで過ごした思い出……。
ちなみに僕の幼い頃の食の記憶の大半を占めるのは、自宅のたこ焼きランチです。大阪人ですから土曜日に学校から帰ると、吉本新喜劇を見ながらたこ焼きランチが常でした。でも地球最後の食事にたこ焼きを食べたいかというと……。だってもう一生分食べたような気がしますから。僕の最後の晩餐は、シンプルに卵かけご飯でしょう(米も生卵も醤油も全部ニッポン人ならではの素材。やっぱりこれが一番!)。
僕にとって食とは、リラックスして仲間と楽しむもの。緊張感漂う料亭で襟を正して食べるより、どちらかというと新喜劇を見ながら、家族や友達とたこ焼きをつまむほうが好きです。もちろん食は五感を使ったエンタテインメントです。味だけでなく香り、視覚、そして空間の演出。そのすべてがひとつのプレゼンテーションになっている。
エンタメ業界で仕事をする身としては、レストランもまた学びの多い場所(オープンキッチンは舞台だと思ってます)。ですから一応、ひととおり話題になっている場所には足を運びますが、街のカジュアルな店が好きなのです。なかでも、僕が惹かれるのは僕が子供の頃から通っている、大阪・お初天神通り商店街にある「本とん平」というとん平焼き発祥のお店です。最近行ったら、改めて「ストーリーあるなぁ、プレゼンテーション完璧だなぁ!」と思ったんです。
大きな鉄板に囲まれておかみさんひとりで切り盛り。その周りに15人も座ればいっぱいの古びた店で、メニューはとん平焼きをメインに数種類しかありません(文脈的にはファインダイニングを紹介する流れなのにスミマセン!)。
外に「創業70年」と書いてある看板がかかっています。「僕が子供の頃からこの看板じゃなかった? もう創業100年くらいなんじゃないの?」とおかみさんに聞いたら「何言ってるの、ちゃんと看板は作り替えているわよ!」と。大きな看板ですから作り替えるのは大変だと思います。「え、でも前から70年の看板じゃなかった?」と聞いたら「10年前に60年から70年にアップグレードしたわよ」と言われ、そこから10年は変更してないんだと笑い合いました。
でもちゃんと店のブランド価値を高める投資をしている。意識的かどうかは別として10年単位で老舗感を演出しているわけですから、昨日今日できた店には真似できないブランディングでしょう。今のおかみさんとそのお母様の時代から通う客として立派なストーリーを感じます。とん平焼きだけで、実は80年続けているというカテゴリーキラー。それをしっかりと看板で明示しているんです。何を強みとして打ちだすのか、すごく有効なプレゼンで、それを怠っていないのが素晴らしいと思いました(知らない客同士が自然と一夜限りの仲間になれるのもこのお店の素敵さです)。
食もエンタメもすべてはバランス
もうひとつ、食は「コンビネーション」の大切さを教えてくれます。僕がもう20年以上通っている恵比寿の「洋食 ハチロー」。(つくづくハイブローなお店紹介じゃなくてすみません!)ここはハンバーグが美味しいのですが、付け合わせのちょこっとナポリタンも絶品。あまりに美味しいのでスパゲッティだけ大皿で出してもらいましたが、なんでだかハンバーグの付け合わせとして食べたほうが美味しいんです。絶妙なバランスの上になりたつ、キャベツとハンバーグとスパゲッティのコンビネーション。このようなことはエンタメの仕事においても時に同じようなことが起こります。この付け合わせを食べるたびに「そうだよな、バランスだよな」と僕は唸ってしまうのです。
ちなみに「ハチロー」は味噌汁も絶品。おばちゃんに「これどんな味噌使ってんの?」と20年以上20回以上は聞いてますが「そこらへんのもの入れてるだけよ」とおばちゃんはトボけます。「そこらへんのものでこんなに美味しくなるかなぁ」と首を傾げてしまうほどです(秘伝の隠し味があると推察!)

いろいろなお店を巡っていると当然ハズレにも当たります。でもそんな時こそ「これもエンタメだなぁ」とワクワクしてしまうのです。先日、友人3人でふらりと入った阿佐谷のスナックで、ハイボール1杯ずつと、乾き物、小皿をいただきました。お会計をお願いしたところ、オーナーおかみが、僕らをひとりひとり指差しながら「1、2、3人だから……4万円」と言われました。値づけ方法より、この誰もいない場末のスナックでの適当な値づけに大笑いしました(こうしてネタにできるわけですから元はとれた!)。
農業を始めてみてより世界に興味が湧いた
以前もこの連載で少し触れましたが、僕はコロナ禍に「もう地球が終わる! 自分で食糧をつくれるようにしなければ」と考え、沖縄で農業を始めました。雑草とは戦わないと決め、バナナやシークァーサーなどの木を育てています。3年前からはマンゴーも始めました。マンゴーって25枚の葉っぱに実がひとつなるんです。今までそんなこと知りもしませんでした。
農業を始めてから、レストランで知らない食材を見るたび「これはなんだろう?」「どうやって育つんだろう?」とワクワクするようになった。まだまだ知らないことが世の中にはたくさんある。だからレストランに行っても「なぜこの食材なのか、なぜこの皿なのか」とたくさん質問してしまうんです。
今回もまたとりとめのない話になってしまいました。でもこうして食について思いだしてみると、どれもお店の人やそこに居合わせた人との会話とともに蘇ってきます。予約数年待ちの店もいいけれど、感性が赴くままストリートの感覚でふらりと入った店で過ごす時間も贅沢。食は記憶でありコミュニティ。これからも食を通じて新しい記憶をたくさんつくっていこうと思います(アタリもハズレもまた愉し! です)。
Editor’s Note|何を食べるかより、誰と食べるか
先日表参道にオープンした「zicca」(昼は家庭料理、夜はお酒も飲める)というお店に、後輩社長からの声かけで共同オーナーとなった福田さん。夜はバーだけど厳選した卵の卵かけご飯が出るそう。
「これが不思議な味わいで、卵かけご飯好きにも薦めたい。ただそれだけで、高級メニューにも引けを取らないんです! 地球最後の食事に僕が選ぶのは卵かけご飯ですが、先日タクシーの運転手さんにも『地球最後の日は何を食べたいか』と聞いてみたんです。そうしたら『家内の好きなものかなぁ』と。感動して柄にもなく泣きそうになってしまいました」

福田淳/ATSUSHI FUKUDA
1965年大阪府生まれ。ソニー・ピクチャーズを経て、ソニー・デジタル・エンタテインメント創業。同社退職後、自身の会社スピーディ設立。LAでアートギャラリー、リゾート開発、沖縄で無農薬ファームなどの事業を行う。『好きな人が好きなことは好きになる』など著書多数。