アイドル時代、さまざまなプレッシャーから美容整形や過食にすがり、躁うつ病を経験した兒玉遥さん。うつに揺り戻されないために意識している言葉がある。「足るを知る」という考え方だった。支えてくれた母親や読書から学んだ言葉、そしていま彼女が見つめる未来について。インタビュー最終回。

美容整形依存から抜け出した回復のきっかけ
15歳でHKT48のセンターとしてデビュー。21歳で躁うつ病と診断され2年間の療養を経て、2019年に女優として芸能界に復帰した兒玉遥さん。
アイドル時代の過酷なダイエットの反動で過食に陥り、「自分は人前に出られる顔でない」と思い込み美容整形にも依存。総額1000万円を投入したことも、エッセイ『1割の不死蝶 うつを卒業した元アイドルの730日』で明かしている。
しかし回復期、美容整形に行った際に、担当医師に「典型的なヒアルロン酸を入れている顔になっているから、元に戻してはどうか」と言われ、これまで理想の顔に近づけるために、鼻や顎に入れていたヒアルロン酸を溶かす覚悟を決めた。さらに過食で20kg増えた体重も、運動と食事で見事に元に戻したという。
依存から抜け出す勇気が、次の一歩につながった。
「足るを知る」という心の整え方
不安があると人は何かに依存してしまう。美容整形だけでなく、アルコールやギャンブルなど、他者から評価されがちな一般社会で働くビジネスパーソンも同じリスクを抱えている。
一度、依存症に陥ってしまうと抜け出すのは難しい。依存を断ち切るために、いったいどのようなことを行ったのだろう。
「常に意識しているのは『足るを知る』という言葉。仏教におけるブッダの教えですが、すごく腑に落ちました。足りないものに目を向けるのではなく、今持っているものに満足しようという考え方です。
私の愛読書に『暇と退屈の倫理学』(國分功一郎著)という本があるのですが、そこでも健康な身体があるだけで幸せですよね、ということが書かれています。なんで人ってこんなに悩んでしまうのか、優しい言葉で説かれていてすごく好きな本です。
そういう考え方を持っておくと、たとえ不安になる日でも、なにかを強烈に求めてしまう日も、一呼吸してぼーっとしてみれば、幸せを感じられるようになる。
本を読むことで気分が落ち着くこともありますね。最近は瀬戸内寂聴さんの本を読み始めています。別に愛に悩んでいるわけではありませんが(笑)」

「落ち込んでいる自分は偉い」と思う
躁うつ病を経験したからこそ、うつに悩む人や落ち込みやすい人に、伝えたいことがある。
「うつになる人って、自分を追い込みやすい人。高い目標があるから落ち込むのであって、それは素晴らしいこと。だから『落ち込んでいて自分は偉い』って思ってほしいです。
そもそも人って、他人のことをそこまで見てないんですよ。人は自分に一生懸命だから。仕事でミスして怒られても、相手は別に『最低な人間だ!』とまでは言ってない。
だから落ち込んだとしても『頑張って働いている自分偉い』くらいに思ってほしい。そう思えなくて苦しいのもよくわかるのですが……」
元のように戻るのは1割と言われるほど深刻だった躁うつ病から治癒できたのは、献身的に支えてくれた母親の存在と、回復期に訪れた旅での経験が大きかった。自伝にも詳しく綴られている。
「今も、旅はいいリフレッシュになります。支えてくれた母には恩返しがしたいからふたりでいっぱい旅行にも行っています。今は、母と韓国美容旅を計画中。母は娘の私から見てもキレイなのですが、美容に全然興味がなくて。ふたりでいろいろ試して美容に目覚めてもらう旅もいいなぁと(笑)」
相談に寄り添う姿勢と、救われた言葉
躁うつ病を告白したことで、同じように悩みを抱える人たちから相談を受けることが多くなった。兒玉さんは、かつて自分がカウンセラーにしてもらったように、相手に寄り添うことを意識している。
「相談を受けたら、寄り添って聞くだけ。解決策を提案しない。だって答えは自分で出さないといけないから。人に言われたから、では結局うまくいかない。
相手のすべてを肯定しながら、とにかく悩みを全部聞き出す。それで、『どうしたいの?』と自分で答えを見つけてもらう。私がうつ状態の時に通っていたクリニックの先生はそういう感じでしたね。
でも、会社で部下から上司への相談などは、具体的な解決策も必要かもしれませんので、ちょっと違うのかもしれませんけど……」
そう兒玉さんは言うけれど、会社でだって、上司や同僚がまずそんなふうに話を聞いてくれたら、救われる人、答えを自ら見つけられる人もいるかもしれない。
兒玉さんにはかつて演出家に言われて、救われた言葉がある。初めて舞台に出演した時のことだ。
「演出家のヨリコジュンさんに『僕はあなたと心中する覚悟で今やっている。もし、あなたが本番でうまくできなくて、この作品がコケたら、それはすべて私の責任です』と言っていただいたことがあるんです。この一言が私はすごくうれしかったんですよね。
『思ったほど人は自分のことを見ていないから大丈夫』と言いましたが、その一方でこうやって『あなたのことを気にかけている』ということを伝えてもらって、とても感激しました。そしてなにより『一緒に頑張ろう』と言ってくれるのは、ありがたいですよね。ちゃんとチームの一員なんだと思えて。
だから会社でも、上司の方はフリでもいいから『あなたのことを見ている』って伝えてあげるといいかもしれません」

1996年福岡県生まれ。アイドルグループ・HKT48の1期生。「はるっぴ」の愛称で親しまれ、2012年にAKB48「真夏のSounds good!」で初選抜入りを果たす。2016年にはAKB48選抜総選挙で9位に輝いた。2017年2月に躁うつ病を発症し休業。復帰後の2019年6月にHKT48を卒業し、俳優としての活動を本格化した。出演作に、NHK朝の連続ドラマ小説『おむすび』、映画『空のない世界から』など。出演映画『そこにきみはいて』が2025年11月28日公開。
チームで生きることと、仕事の楽しみ
かつては「自分なんて」と落ち込み、他人と比べるばかりだった兒玉さん。だが今は映画やドラマ現場で「一緒にいい作品をつくる」という意識を持つことで、過度に落ち込むことはなくなったという。
「今も、他の役者さんに比べて自分は……と思うこともあります。だけどひとつの作品をみんなで一緒につくっている、いい作品をつくりたいと思うのはみんな一緒。そう思えば、深く落ち込むことはなくなりました」
できない部分は補い合うのがチームで、自分のことばかり責めていたら全体を俯瞰することができなくなってしまう。
「今年で29歳。仕事現場には年下の方も増えてきました。みんなが不安を感じないよう、なるべく明るく楽しく振る舞うことも意識しています。『年上』というだけで苦手意識をもっている方もいると思うので、なるべく笑顔で過ごして、バリアを取り去るというか。
逆に先輩たちに対しては、弱みを見せまくって甘える作戦です(笑)」
「自分なんてダメだ」と自分で自分を責め続けて躁うつ病を患っていた兒玉さんが、周りにも目を向けることができるようになった。それこそが、うつ病を乗り越えた証拠だろう。
最後に、今なにをしている時が一番楽しいのか聞いてみた。
「仕事です。今はひたすら仕事がしたい! 15歳から仕事をしてきて、うつで休んで一度全部リセットしました。そして今やっと、フラットに仕事と向き合えるようになった。ここからだと思っています」
躁うつ病を患い、2年間の療養という長く暗い道を通り抜けて今、兒玉さんは自分の人生を取り戻した。うつで苦しむ人が、少しでも希望を持てるよう、これからも兒玉さんは自身の過去と今を語り続けていく。
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