PERSON

2025.05.07

「予想を裏切り期待に応える」篠原ともえが貫いてきた仕事の美学

16歳で歌手デビュー、1990年代後半に自らデザインしたファッションで一大ムーブメントを巻き起こした篠原ともえさん。現在はデザイナーとして活躍し、広告賞「ニューヨークADC賞」で入賞を果たすなど、国際的にも注目されている。時代を席巻した社会現象から現在まで、歌手からデザイナーというパラレルキャリアはどう形成されていったのか。インタビュー第3回は、これから目指すもの、そしてこれからのキャリアをどうつくっていくか立ちすくんでいる同世代の読者たちへのメッセージ。

篠原ともえ氏
篠原ともえ/Tomoe Shinohara
1979年東京都生まれ。16歳で歌手デビュー。シンガーソングライター、女優、ナレーターなど多岐にわたるメディアでの活動後、デザイナーとして松任谷由実、嵐などのアーティスト衣装デザインを担当。2020年アートディレクターの池澤樹氏とともにクリエイティヴオフィスSTUDEO(ストゥディオ)を設立。ディレクションを担当したエゾ鹿革の着物が世界的広告賞「ニューヨークADC賞」でシルバーとブロンズキューブの2冠を達成。2025年6月14日から大阪歴史博物館、9月20日から上野の森美術館で開催の「正倉院 THE SHOW -感じる。いま、ここにある奇跡-」では宝物とファッションをテーマに新作を発表する。

学び続けることで作品からアイデアがくる

40代から再び大学の門をくぐりデザインを学びなおした篠原ともえさん。その後アートディレクターの池澤樹さんとともにデザイン事務所STUDEOを設立。2022年に、優れたアートディレクターやデザイナーに贈られる「ニューヨークADC賞」でシルバーキューブとブロンズキューブを受賞した。

その際の作品は本来破棄されるエゾ鹿革の端を利用した着物だった。

「この作品の作業は想像以上に大変なもので、私も毎週末工房へ通い、革職人さんたちと一丸となって形にしていきました。手仕事を愛する職人さんたちとのものづくりにおける共通した熱い思いがあったからこそ、完成を迎えられたのだと感じました」

革の端の曲線を利用し、動物が暮らす山の稜線に見立てた。水墨画を思わせる黒の染色でグラデーションをつくり、伝統的な着物の美しさを表現している。

「デザインの力が職人さんたちの素晴らしい技術や育まれてきた文化をつなぎ、新たな魅力を引き出す糸口になるということをプロジェクトを通して実感できました。それこそが、ものづくりと向き合う私たちの役割なのかもしれません」

「THE LEATHER SCRAP KIMONO」
エゾ鹿革のきもの「THE LEATHER SCRAP KIMONO」は、草加市文化会館の伝統産業展示室にて展示。

学ぶことは仕事においてのマナーである。

篠原さんは、第2回のインタビューでそう語っている。取り組むテーマひとつひとつの歴史と背景を学び、制作にあたってしっかり準備する。その学びのなかからオリジナリティを見つけていくのが篠原さん流だ。

事実、本インタビューも篠原さんは、事前に用意したであろうびっしり書き込まれたメモを見ながら答えている。なにごとにも丁寧に準備を重ねる人なのだ。

「仕事において大事にしていることは、予想を裏切り期待に応えること。オファーをいただいた相手はもちろん、クライアントワークにも喜びや驚きをお返しできるように心がけているんです」

2025年6月14日から大阪歴史博物館で開催される展覧会「正倉院 THE SHOW -感じる。いま、ここにある奇跡-」では正倉院の宝物をモチーフにした作品を出品予定。母校の図書館に通ってアイデアを生み出し、創作を行っている真っ最中だ。

「正倉院 THE SHOW -感じる。いま、ここにある奇跡-」
「正倉院 THE SHOW -感じる。いま、ここにある奇跡-」

「歴史や背景を知ること、学ぶことで、作品の方から『こうなりたい』と言ってくれる。創作において、そのような研ぎ澄まされていく感覚は大切にしています。この展覧会では約1300年という時を経て守り伝えられている奇跡の宝庫である正倉院とその宝物を、最新のデジタル手法を駆使して紹介します。私はコラボレーションアーティストとしてファッションと宝物の融合をテーマに参加。正倉院にあるおよそ9000点の中から、ある宝物をモチーフに制作陣の手仕事を集結させた壮大な作品になっています。是非ご期待ください」

手仕事で誰かの心を震わせたい

これからの目標を訪ねると篠原さんはまっすぐこう答えた。

「とにかく制作に時間を捧げたい。意識しないとつくること自体に時間を費やすことは難しい。

着物のお針子だった祖母の仕立てた着物をほどいてみた際、針の運びがとても丁寧で、物づくりに対する祖母の真摯な人柄が伝わってきました。その瞬間、手仕事を届ける仕事を私はすべきだと実感しました。

祖母の仕立てた着物のように自分の手仕事で、時を超えていつか誰かの心を動かすことができたら……それが生涯の目標です」

幼い頃から「こんな服をつくりたい」という思いを絵にして、残してきた。その膨大なアイデアはこれからも積み上がっていくだろう。

「セカンドキャリアについて考えている方、年を重ねてからなにか新しいことを始めようとされている方に、私からお伝えできることがあるとするなら、『その挑戦を自分がしたら、どんな感情になるだろう』と想像してみてください。

私の場合は、学び直すと決めたのが30代後半。会社設立が40歳。決してこの行動は早くはありませんでした。大切な人からのアドバイスを心に刻み、迷い遠回りしながらやっと決断できました。それは仕事のみならず、自分の環境を変えること、アートを体感してみたり、旅行の計画やご家庭を優先にすることなどでも、新たな自分のための未知なる体験です。あなたの心から好きなこと、やってみたいことを信じてアクションする。私はその決断に拍手をおくり心から応援したい気持ちです。

年齢もキャリアもある程度積んできて将来を考える時、責任を伴う決断は年を重ねるほどに躊躇してしまいますよね。でも一度答えを出すと必ずその答えが体験として返ってくる。動き出すのはいつだって遅くはないと私は信じているんです」

30代40代は誰でもふと自分のキャリアを見直したくなる、そんな時期だ。人生は長いようで短い。だからこそ今一度「自分にどんな経験をさせたいか」を考えて、新たな一歩を踏み出してみたい。

TEXT=高井林檎

PHOTOGRAPH=鮫島亜希子

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