PERSON

2025.05.02

渡部陽一「この世から戦場カメラマンという仕事をなくし、学校カメラマンになりたい」

30年以上にわたり、戦場カメラマンとして戦場や紛争地域を取材してきた渡部陽一。現場にはどんな機材をもっていくのか、日本で待っている家族は心配ではないのか。そして、なぜこの仕事を続けるのか。渡部はひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれた。#前編

戦場カメラマン・渡部陽一。

いい取材には、いい準備が欠かせない

大学在学中に始めた戦場カメラマンという仕事。そのキャリアも今年で33年目になった。近年はロシア軍が侵攻するウクライナや、紛争が続くパレスチナでの取材が多い。渡部陽一は「戦場の危険なエリアに真っ先に突っ込んでいった」という20代の頃とは異なり、「現在は現地ガイドの指示に従い、安全を最優先に取材活動を行っている」と話すが、それでも戦場や紛争地域が危険であることに変わりはない。渡部はどんなスタイルで取材を行っているのか。

「ポケットがたくさんあるカメラマンベストを着用し、持ち物はすべてポケットに収納。バッテリーはこのポケット、ノートはこのポケットと、どのポケットに何を入れるかを決めて、すぐに取り出せるようにしています。それと、どんな時でも両手は空けておく。不測の事態にすぐに対応できるように考えています」

戦場にカメラは何台持っていくのか。

「ビデオカメラを入れて、たいてい6台ですね。カメラのボディには黒いテープをグルグルと巻き付け、レンズ以外の部分を覆い隠しています。太陽光が反射し、カメラを銃だと間違われて銃撃されるのを防ぐためです。あと、カメラを1台、バラバラに分解して隠し持っています。以前、取材時にカメラをすべて奪われてしまい、仕事ができなくなった苦い経験がある。そうした事態の予防策です」

これだけ準備を万端にして戦地に赴くものの、最前線で兵士が撃ち合うような状況に遭遇する機会はかなり稀。数年に一度くらいの確率だという。

「その時のために、準備を整えておかなければならないんです。戦闘に遭遇したら、何も考えずに撮りまくるだけ。カメラのファインダーは覗かず、ただシャッターを切り続ける。動画は回しっぱなし。数十分の接近戦で3000枚、4000枚は軽く撮影します」

渡部陽一
渡部陽一/Yoichi Watanabe
1972年静岡県生まれ。明治学院大学法学部卒業。大学在学中から世界の紛争地域を専門に取材活動を行う。戦場の悲劇、そこで暮らす人々の生きた声に耳を傾け、極限の状況に立たされる家族の絆を見据える。出身地である静岡県富士市では観光親善大使を務めている。

仕事はきついが、辞められない

取材時に携帯する機材の総重量は約40㎏。「僕も52歳になりましたから、体力的にきついと感じることが増えてきた」と渡部は苦笑する。それでも取材のために戦場へと向かう、渡部の原動力になっているものは何か。

「人間って、根はとても優しいんです。若い頃に知り合った戦場カメラマンの先輩たちは、駆け出しの僕に、本当によくしてくれた。ご飯を食べさせてくれたり、取材スケジュールを組み立ててくれたり。物腰が柔らかく、穏やか。人間として尊敬できる方が多いんです。それに戦地で暮らす人々もとてもあたたかい。宗教や民族に関わらず、僕を柔らかく迎え入れてくれる。身近な場所で戦争が起きているから、寛容さが高まっているのかもしれません。『彼らに再び会いたい』という気持ちが取材の原動力のひとつになっています」

日本で暮らす家族についてはどう感じているのだろう。家族の存在は渡部の仕事の原動力になっているのか。いや、それよりも、日本で待つ家族は戦場を巡る渡部が心配なのではないだろうか。

「妻は日本人ですが、幼少期に家族とともに政情が不安定な国に渡り、その地で長く暮らしてきました。戦場や僕の仕事がどのくらい危険であるかは承知してくれています。でも、それでもやはり心配をかけているでしょうね。少しでも心配を減らせるようにと、妻と息子には毎日必ず電話とメールをすると約束。用事がなくても、一日何度も連絡を入れています。僕が息子に伝えたいのは、『気持ちのなかから膨らんでくる大好きなことを、何でもいいから取り組んでほしい』ということ。僕の姿を見て、少しでもそういう気持ちを分かってくれたらうれしいですね」

渡部陽一

戦場カメラマンという職業をなくしたい

渡部の究極の夢は、「戦場カメラマンを辞めること」ではなく、「戦場カメラマンという仕事がこの世からなくなること」。戦争というものが存在しなくなれば、戦場カメラマンの仕事も消える。渡部はその世界を生きているうちに見てみたいという。

「僕は33年間にわたって戦場カメラマンとして活動してきましたが、その間に戦争がなくなったことは一度もありません。戦争や紛争が世界のどこかで必ず起きていました。でも、戦争のない世界を築くことはできると思います。たとえば、1994年のルワンダ内戦。約80万人の人々が虐殺された大惨事で、民族間の争いは長く続くと考えられていました。でも、あれだけ殺し合った民族が、今は平和に暮らしている。ルワンダをモデルケースに、世界中の人々が平和について考えれば、戦争のない世界を目指せるのではないでしょうか」

もしも戦争がなくなり、戦場カメラマンという職業が消えたとしたら、渡部はどう生きていくのか。

「僕は学校カメラマンになりたいですね。かつて戦争に巻き込まれた街や地域に足を運び、平和になった学校の授業風景や給食時間の様子を撮影したい。それで、撮影した子供たちの写真を集めて写真集を作れたら、幸せでしょうね」

渡部陽一

TEXT=川岸徹

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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