1年の半分を海外に身を置き、戦争、紛争、内戦など、世界各国の激戦地でカメラのシャッターをきってきた戦場カメラマン・渡部陽一さん。
カメラマン生活30年あまりで撮影してきた戦場の写真と共に、争いの背景、そこにある現実、その地域の魅力などについて、動画とテキストで解説する『渡部陽一 1000枚の「戦場」』が、WEBメディア〈シンクロナス〉でスタートした。
渡部さんが、見て、感じて、切り取ってきた「世界のホント」とは? 厳選した1000枚の写真を通して、われわれが知るだけではない「戦地」のリアルについて伝える。
「悲惨な戦地の姿、その一方で彼・彼女たちはわたしたちと変わらない日常も存在すること。それを知ってほしい。例えば、ウクライナはグルメ大国で、優しさがつまった国なんです」(渡部陽一)
今回は特別に、そのウクライナについて配信した回を写真とともに紹介する。
数ヵ月前まであった、ウクライナの穏やかな日常
2022年2月以降、ウクライナの日常は一変した。破壊された街や住宅街の光景をTVやメディアを通して目にするが、そこに写る灰色の風景からは、かつてどんな日常があったのか、感じられる要素は少なくなっている。
これまでに何度もウクライナに足を運んだ渡部さん。ロシアの軍事侵攻が過激化する2022年5月にもウクライナに入り、取材を繰り返し、戦地の様子をカメラに収めた。
アフリカ、中東、アジア、中南米と、今も世界各国でさまざまな混乱が起こり、世界情勢は激動の真っ只中だが、やはり今、渡部さんが戦場カメラマンとして第一に発信したいのがウクライナだという。
今回は、世界中の戦場写真1000枚のうち、ロシア侵攻前の平穏でありふれた日常や、豊かな食文化など、今ニュースで報道されている景色とは真逆ともいえるウクライナの姿をお届けする。
ウクライナ東部、ドンバス地方の南部に位置するドネツク。黄金色の水面に浮かぶ舟上には、親子だろうか、3つの人影。その先の陸地には観覧車らしきものが見える。おだやかな日常を楽しむ人々を眩い光が包み込む、祈りのような一枚だ。
ロシアに隣接するドンバス地方には、ロシア語を母国語とする人も多く暮らす。それらの“同胞を助ける”という大儀のもと、現在のドネツクは、完全にロシアに掌握された。しかしここには、ウクライナ人をはじめ、さまざまな多民族が暮らすエリアだということを忘れてはいけない。
大自然が広がり、石炭鉱業で栄え、サッカーをはじめとしたスポーツでも世界に名を馳せるドネツクには、数か月前までこんなおだやかな日常があった。そんな在りし日の夕景から受け取ったさまざまな心の揺れを、大切にしたい。
ウクライナを訪ねた渡部さんがなにより驚いたのは、同国の食の豊かさ。
中世から農業・畜産が盛んに行われ、特に小麦の収穫量の多さから「パンのゆりかご」「パンの倉庫」と呼ばれた。その小麦によってソ連という国が支えられていたという。
「ウクライナはグルメ王国。食に対する真摯な姿勢があります」
そう語りながら渡部さんが紹介するのは「鴨肉の煮込んだソース掛け」。じっくりと煮込まれたカモ肉は、しっかりとした張りのある肉質と思いきや、ナイフはスッと容易に入る。さまざまなスパイス香が入り混じる赤ワインのソースを絡めて頬張れば、口の中でトロンとほどけていく。
ウクライナ人の食卓にはワインが欠かせない。家族や友人と、手間ひまをかけた料理をゆったりと味わい、ワインと共に楽しむ。豊かな“スローフード”がここにあった。
「とにかく極上なんです。高級料理と言ってもいいほどの味わい。だけどリーズナブル。このような料理を食べるために、世界中から観光客が足を運んでいた、そんな国なんです」と、渡部さんは写真を見ながら、その日味わった幸せな舌の記憶を手繰りよせた。
「ボルシチ」といえばロシア料理。そのように認識している人も多いのでは? 実はウクライナを発祥とする、同国の伝統料理のひとつだ。
複数の共和国によって構成されていた旧ソ連。つまり、ウクライナもロシアもひとつの国家だった。ロシア料理として出てくるのは、その当時の名残だという。
たくさんの野菜や肉をじっくり煮込むことで生まれる深みある味わいと、雑味のない爽やかな酸味が同居するスープ。そこに酸味のあるクリーム(スメタナ)を加え、ハーブやスパイスを散らすのが、ウクライナのボルシチ。渡部さんは、同国で食べた食事の中でもランキング1位を誇るのがボルシチだという。
「現地では、日本のどんぶりサイズの器にたっぷり盛られて供されます。口にすると、野菜と肉とスパイスの風味がうまく絡み合って、透明感のある酸味がピッと立つんです。そこにクリームのコクが絡まってくる。それからパンを浸して食べるんです。パンがスープをぎゅっと吸い上げて、うまみがまた広がる。こちらもまさに極上の味です」
ウクライナなら、どこでも気軽に食べることができる国民食。だがその味わいは、食堂、レストラン、家庭、地域によってさまざま。風味、味の濃淡、使う食材も違ってくる。
現地で食べた2種類のボルシチの写真を紹介しながら、ドネツクのボルシチと、首都キーウのボルシチは、まったく違うものだったと渡部さんは振り返る。
まずは、食文化からウクライナとつながる
訪れるたびに実感したウクライナという国の豊かさ、やさしい記憶、極上のグルメ。それらを多くの人に知ってもらいたい。戦場という悲しみだけではない、ウクライナの本当の魅力を伝えたい。その切り口としてテーマに選んだのが、ウクライナの食文化。
同国の人々が大切にする伝統食とはどんなものなのか。遠く離れた日本でも、機会を見つけて実際に口にしてもらい、肩の力を抜いて、やわらかい気持ちで、ウクライナとつながるきっかけにしてもらいたいと考えたという。
「ウクライナの人々の暮らしも、日本の衣食住や、親が子どもを、子どもが親を思う気持ちと変わらない。その思いは(国を違わず)みんな一緒ということを感じていただきたいですね」
日本国内にも、ボルシチを提供する店はたくさん存在する。WEB検索をすれば、ボルシチをはじめとしたウクライナ料理のレシピも知ることができる。
戦争の行方ばかりが報道されるウクライナだが、そこに暮らす人々が持つ日常も知っておきたい。
特集|渡部陽一【1000枚の「戦場」】
渡部陽一さんが捉えた「戦場の写真」をベースに、争いの背景、現実とその地域の魅力について解説するコンテンツ。隔週・土曜日に、動画とテキストで「1000枚の戦場」を配信。月額1,100円(税込)で視聴できます。
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動画|「戦場のホント~ウクライナ(1)」
今回紹介した4枚の写真を、渡部陽一さんが動画で解説します。