PERSON

2025.05.06

「歌かデザイン、どちらを選ぶべきか」篠原ともえが、吉田拓郎からもらったアドバイスとは

16歳で歌手デビュー、1990年代後半に自らデザインしたファッションで一大ムーブメントを巻き起こした篠原ともえさん。現在はデザイナーとして活躍し、広告賞「ニューヨークADC賞」で入賞を果たすなど、国際的にも注目されている。時代を席巻した社会現象から現在まで、歌手からデザイナーというパラレルキャリアはどう形成されていったのか。インタビュー第2回は、表舞台と創作の間での葛藤、そして40歳で仕事をリセットしたその理由を聞く。

篠原ともえ氏

勇気をくれた吉田拓郎からの言葉

10代では歌手としてキャリアを築いていった篠原さん。20代、30代へと歳を重ねていくにつれ、自分自身を表現するステージが変化してゆく。

「歌手デビュー後、20代になると次第に舞台への仕事が増えていきました。バレエを習っていたこともあり歌って踊るミュージカルは憧れの世界。そんなステージにふさわしい衣装をと、10代の時と同様にアイデアを出して演出家や衣装スタッフの方々に提案をしていました。その頃は自身のコンサートのステージの衣装は自分でデザインしてつくるようになっていたんです。

そのスキルがのちに大きなきっかけとなるのですが、松任谷由実さんのコンサートの衣装をデザインしないかと、松任谷正隆さんからお声をかけていただいたんです。それが30代の時でした。光栄だと思いながらもすごくプレッシャーを感じたことをよく覚えています。でもお断りするという選択はしませんでした。なぜならふっとかつて吉田拓郎さんに言われた言葉を思い出したんです」

音楽番組『LOVE LOVE あいしてる』で共演していた篠原さんと吉田拓郎さん。10代の頃に「歌かデザインどちらを選ぶべきか」と悩んでいた篠原さんは吉田さんからこう声をかけられたという。

「君の服を見ていると僕は楽しい気持ちになれる。その才能をいつか誰かへ捧げる日がくるよ」

篠原さんは吉田さんにそう言われた10代の時と、その言葉が現実となる30代の時を思い出しながらこう続ける。

「楽曲提供などを積極的にされている自身の体験から拓郎さんは、『自分のアイデアは全部誰かにあげなさい』ともおっしゃってくださいました。私は都度ステージに合わせた自身のファッション表現を続けてきましたが、他の誰かに自分のつくったものを届けることができるなんて思ってもいませんでした。ですからユーミンのお仕事を受ける際、不安もいっぱいあった。でも拓郎さんの言葉を思い出し、私も誰かのためにアイデアを捧げる時がきたんだと覚悟ができたんです」

当時の吉田さんの言葉が蘇り、篠原さんは突き動かされたのだという。

ちなみに二人の交流はその後も続いており、今春にはNHK Eテレの人気教育エンタテインメント番組『みいつけた!』のエンディングテーマを篠原さんが歌と作詞、吉田さんが作曲を担当し話題となった。クリエイティブを通じ、今もかけがえのない存在だ。

篠原ともえ氏

数十年後も今の仕事を続けていられるためにやるべきこと

「私にとってエンタテインメント界のプロフェッショナル陣と向き合う貴重な機会がユーミンの衣装デザインでした。正隆さんが私を指名してくださったということは、チームにとっても大きなチャレンジであることを感じましたし、ユーミン30周年のメモリアルな瞬間に私のアイデアを機能させ、その期待に応えなければならない。素晴らしい衣装アーカイブを拝見し、自分自身を奮い立たせながらこれまでに由実さんが着ていないものを目指しました。画期的なアイデアをお渡しするのが私の役目だと思ったのです」

そうして完成した衣装は業界でも話題を呼び、以後篠原さんはデザイナーとしてアーティストの嵐などの衣装も手がけるようになる。

「衣装デザインはとてもタフな仕事でしたが有意義な体験や出会いが続きました。ただデザインの仕事をいただける一方で芸能の仕事もしていて、デザイン一本ではなかった。デザイナーになると決めても、結局ひとつの道を選びきれない。そこに葛藤がありました」

活動の軸がどちらにあるのか、自身でもわからずぐらついていたという。けれどどちらの仕事もオファーは絶えず、30代後半は寝る間もないほどで、まるでがむしゃらだった‘90年代の頃のようにスケジュールがびっしりと仕事で埋まっていた。

「10代の頃と比べると、気力だけでは乗り越えられない。そして年齢が上がるほどに、デザイナーとして求められる仕事内容もスケールアップし、失敗は許されない。長く続けてゆくことを考えると時間的にも体力的にも何かを手放さなくてはならなかったんです」

10年後もデザイナーでいられるように、デザインのレベルを上げたい。そう考えた時、篠原さんは40歳を迎える前にある決断をした。

「デザイナーになるためにしっかり軸をおいてみたい。そのためには学ばないとならない、そう思って再度母校で学び直すことにしたのです」

メディアの仕事はいったんリセットし、SNSもすべて退会するという徹底ぶりだった。

キャリアを手放して学生に戻るのは、もちろん怖かった

「母校のオープンカレッジでは働きながら通っている方や留学生などが教室にいて、夢を追う雰囲気がとても刺激的でしたね。学校がない日もとことん創作に集中しようと、工房を借りて制作をするなどし、イラストレーターやフォトショップといったデザインのソフトウェアも教則本などでひと通り覚えました」

改めて学校で学んでみたい。そういうふうに思ったことがある大人は多いに違いない。

けれど今ある仕事を年単位で休むという決断はなかなかできないし、卒業したあと仕事に戻れる確証もない。どうしても不安要素が大きく、学びに踏み切ることは難しいだろう。

その葛藤はもちろん篠原さんもあったという。

「ここまで築いてきたキャリアをいったん手放すことは簡単なことではありませんし、未知の体験に自信を持つことも難しい。なので信頼している人に相談することも大事です。私の場合は、アートディレクターで夫である池澤樹さんに、10代の頃から何百枚と描いているデザイン画を見せたことがありました。すると彼は『こんなにも好きなことなら、絶対に叶えるべき。絵を描き続けてきたことが君の答えだよ』と言われデザインをしていく人生を歩んでいいんだと心が解放されました。

その後は共にデザイン会社を設立し、衣装作品のみならずユニフォームデザインや作品コラボレーションなど仕事の幅も広がりました。デザインの知見がある彼から学ぶことも多く、まさに今も制作チームと共に大掛かりな作品を進行中で、6月には新作を発表します」

篠原ともえ氏
篠原ともえ/Tomoe Shinohara
1979年東京都生まれ。16歳で歌手デビュー。シンガーソングライター、女優、ナレーターなど多岐にわたるメディアでの活動後、デザイナーとして松任谷由実、嵐などのアーティスト衣装デザインを担当。2020年アートディレクターの池澤樹氏とともにクリエイティヴオフィスSTUDEO(ストゥディオ)を設立。ディレクションを担当したエゾ鹿革の着物が世界的広告賞「ニューヨークADC賞」でシルバーとブロンズキューブの2冠を達成。2025年6月14日から大阪歴史博物館、9月20日から上野の森美術館で開催の「正倉院 THE SHOW -感じる。いま、ここにある奇跡-」では宝物とファッションをテーマに新作を発表する。

中学生の頃から篠原さんは夜寝る前やふとした時間に「作りたい服」を藁半紙に描き続けてきた。大人になっても、デザインの仕事をするようになっても、それは変わらず続き、日課のようなものになっていたという。誰に頼まれるでもなく、自発的にデザインを描き続けるというその行為こそが、池澤さんが言ったように答えなのだろう。決心してしまえば迷いはなくなり、進む道は明確になった。

「学ぶということはどんな仕事においても最低限のマナーだと私は思うんです。

学校に行き、縫製をはじめると不思議な感覚がありました。なんというか身体が、学生時代に夢中でものづくりをしていた感覚を覚えていたんですよね。つくることが本当に好きで、手を動かす楽しさや喜びが指先から蘇って、布を触っていると手が自由自在に動いたんです。私の心は歓喜しましたし、学び直すと決めなければ、決して得ることができなかった感覚だった。本当に学校に戻ってよかったと思いましたね。

このリスキリングを通じてデザインの言語化、イメージの共有方法などを学び、今では作品制作においてはプレゼンの資料づくり・スケジュール・予算組みに至るまで、自分でできるよう経験を積むことができました。人任せではなく自立する力を、身を持って日々学んでいます」

実際に現場で働いた経験値のある大人だからこそ、学びの意味と意義がよくわかる。まさに篠原さんの場合もそうだったのだろう。何歳になっても人は学び続けられる。そう証明した篠原さんは、その学びを生かしてさらに羽ばたいていくことになる。

インタビュー第3回(5月2日公開)では、デザイナーとしての活躍そして新たな取り組みと現在を語る。

TEXT=高井林檎

PHOTOGRAPH=鮫島亜希子

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