2024年にブレイクし、オープン戦でも抜群の成績を残している阪神・前川右京がスターとなる前夜に迫った。

阪神の新たな大砲候補
2023年は38年ぶりの日本一に輝いたものの、2024年は巨人に競り負けて2位に終わった阪神。藤川球児新監督を迎えて2年ぶりの頂点を狙うチームにあって、新たな大砲候補として期待が高いのが4年目の前川右京だ。
2024年は開幕スタメンに抜擢されると、6月以降は外野のレギュラーに定着。規定打席には届かなかったものの、116試合に出場して87安打、4本塁打、42打点、打率.269という成績を残したのだ。
1年生の夏に、4番という重圧を背負いながらプレー
そんな前川は三重県の出身で、子どもの頃から中日ファンだったという。高校では奈良の強豪である智弁学園に進学すると、入学直後からレギュラーを獲得している。
初めてプレーを見たのは2019年5月25日に行われた春季近畿大会の対智弁和歌山戦。5番、レフトで出場した前川は第1打席、第2打席とも併殺打に倒れたものの、第4打席にはライト前へのタイムリーを放ち、チームの勝利に貢献している。
その夏には1年生ながら早くも4番として甲子園に出場。チームは初戦で八戸学院光星に8対10で敗れたが、前川自身は2本のタイムリーを放つ活躍を見せた。
ただ当時のノートに残されているメモを見ると課題があったこともよくわかる。
「1年生とは思えない堂々とした体格でヘッドスピードも抜群。無駄な動きがなく、ボールを長く見ることができ、スイングの形も安定している。引っ張るだけでなく、センターから左方向へも強い打球を放つ。
(中略)
少しまだ上半身の力に頼って、力んだようなスイングになることがあるのは課題。右足の踏み込みの強さが物足りず、低めの変化球に対してはフルスイングできていない」
同点で迎えた8回裏の第5打席ではワンアウト一・三塁のチャンスから力んで空振り三振に倒れている。それでも1年生の夏に、しかも4番という重圧を背負いながらプレーしたことは前川にとっては大きな財産となったのではないだろうか。
1年秋の近畿大会では再び智弁和歌山と対戦。この試合は17対13という乱打戦で智弁学園が勝利しているが、前川は4安打2打点と4番打者として十分な結果を残している。
ただ、まだ力任せなところは多く、芯でとらえる技術という意味では、対戦相手の智弁和歌山で1番を打っていた細川凌平(現・日本ハム)に比べるとまだまだ劣っていたことは確かだろう。
またこの時はファーストを守っており、打つ以外のプレーについてもまったく目立つものはなかった。
確実に課題を解消
その後も2年秋の近畿大会、3年春の選抜高校野球、3年夏の甲子園大会とプレーを見る機会は多かったが、その度に確実に課題を解消していったことは間違いない。
特に強く印象に残っているのが、3年夏の甲子園大会、対倉敷商戦でのプレーだ。この試合で前川は2安打、1打点の活躍でチームを勝利に導いたが、当時のノートにはこんなメモが残っている。
「シートノックでの動きは以前と比べても良くなり、レフトからの返球も強さが出てきた。一塁まで走るスピードも緩めず、走塁の意識も高くなった。ヘッドスピードは高校生のなかでは圧倒的で、あわやホームランという大ファウルの打球の勢いは目を見張るものがある。
上半身だけでなく下半身の強さも抜群。徐々にスイングにも柔らかさが出てきた。チャンスの場面では少し力みも見えるだけに、どんな場面でも力を抜いて柔らかく振れるようになればもっと怖い打者になる」
ちなみにこの試合で放った内野安打の一塁到達タイムは4.20秒をマーク。足を売りにする選手であればそこまで突出した数字ではないが、強打者タイプの選手としては十分な速さがあると言えるだろう。
また第2打席にヒットで出塁した後には、後続の長打で一気にホームを陥れている。この走塁を見ても、打つ以外のプレーをしっかり鍛えてきたことがよくわかった。
前川はこの試合の後、2試合連続でホームランを放ち、チームの準優勝に大きく貢献したが、打撃面での活躍はもちろん、それ以外でも成長を見せたことが高校からのプロ入りに繋がったとも言えるだろう。
2025年のオープン戦でもここまで12球団トップの打率.393、トップタイの3本塁打を放っており、2024年からさらに進化を見せている(3月20日終了時点)。
チームの中軸は大学卒の選手が多く、そういう意味でも22歳とまだまだ若い前川にかかる期待は大きいだけに2025年も甲子園の大観衆を沸かせるようなプレーを多く見せてくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。