2024年12月7日で30歳を迎えたプロフィギュアスケーター、羽生結弦。今もなお、オリンピックで金メダルを獲った時以上の鍛錬を積み重ねているという。自分自身を常に更新していく男の根幹にある考え方、信念、そして行動力に迫る。

30歳を迎えた羽生結弦の現在地
国民的スケーターの羽生結弦に、安易な美辞麗句はいらない。2022年7月、プロ転向を表明し、約2年半が過ぎた。自身が制作総指揮を務める「アイスストーリー」は、東京ドームでの単独公演「GIFT」を皮切りに、「RE_PRAY」「ECHOES OF LIFE」と3作品を完走。壮大なミッションを乗り越えることでしか得られない充実感もあるのだろう。穏やかに道のりを振り返る。
「大変だったな、充実していたな、の両方ですかね。自由な世界に放りだされ、やはり自由だからこその不自由さや、自分の能力の足りなさ、突き詰めるべき道のりなど、本当にいろんなことを探しながら、手を伸ばしながら、そして、やっといろんなことがわかり始め、突き詰めてきた3年目だと思います。
映像やプロジェクションとのリンクや、ストーリーとプログラムのリンク自体もかなり深まってきた。それはきっと僕がスケートだけではなく、いろんなものに一生懸命に手を伸ばしながら養分を吸い取ってきた枝葉や根っこが、やっとちょっとずつ木の幹になってきたのかなという感じがしています」
羽生が舞う空間に一歩、足を踏み入れると、襟を正されるような不思議な感覚に包まれる。アイスストーリーを通じて演じるテーマは、生きることの意味。全身全霊の舞いで、哲学的な問いを現代社会に投げかける。
「自分の命って何だろうと幼い頃から常に考えてきました。例えば、物心ついた時は既に名前がついていて、自分はもう生きているということを既に始めてしまっている。幼い頃、物心ついた自分が初めての記憶として認識しているのは、自分の力で瞬きができたというシーンです。瞬きができた自分がその日眠りについた時、このまま眠りについたら実は全部夢で、赤ちゃんの頃の自分にまた戻るんじゃないか、とか考えていて。
命は本当に摑みどころがなく、自分の人生すらも存在しているかを証明できない。本当にふんわりしたものだからこそ、今のこの世の中に対して命に対する知識や考えるきっかけ、考える時間になったらいいなと思っています」
一期一会の出会いに委ねていくことが正解
表現方法にもプライドが垣間見える。周囲に迎合せず、胸の内にある純粋な声を正直に聞き、演技に落としこむ。自ら引き合いに出したのは、昨年度の公演「RE_PRAY」。ゲームの世界観を通じて、繰り返される人生の選択の先にある運命を描いた。
「正直、競技時代から応援してきてくださった方々に対しての選曲をするのであれば、やっぱりクラシックで固めるべきだと思うんですよね。そこを敢えてゲーム曲をまとめて出したのは、自分がいいと思うことを貫こうと決めたからなんですよ。その結果として、ゲームのファンや、今までフィギュアスケートに興味なかった方々が自分のことを見たいと思ってくれて、裾野がまた広がっていった経緯があった。
毎回ただ手を伸ばすだけじゃなくて、本当に自分が心からいいなと思うもの、心からすごく好きだなって思うものに関しては、使っていけたらいいかなと思っています。その作品が好きな方々が見た時も、その原作へのリスペクトを感じつつも、でもオリジナルの羽生結弦のエンタメとして見てもらえたら嬉しいです」
そして、2月に終えたばかりの「ECHOES OF LIFE」ではピアノ曲から、コンテンポラリーダンスやヒップホップなどさまざまな表現技法を用い、偶然の連なりが、実は運命というメッセージを伝えた。
「技術と発想の力があれば、ある程度は氷上でもできるということが、最近だんだんとわかってきた。今回も陸上で習った動きを氷上で出せるような努力をしてきた。そもそも何を根底に表現したいのかを常に考えながら、それをフィギュアスケートで表現できたらいいかなと思っています」
今後、どんな演技で魅了してくれるのか。次なる挑戦へ向かう、現在進行形の迷いも包み隠さずに明かす。孤高の存在でありながらも、人間味溢れる姿に、多くの人が惹きつけられるのだろう。
「段々と引きだしはなくなっていきます。そんなに人生を懸けて好きなものってないじゃないですか。僕にとってはフィギュアスケートだったし、ゲーム、漫画、アニメだったりしたんですけど……そんなにないんですよ。だから、いろんな方の意見を聞きながら『あ、これ、やっぱいいね』となっていくものもあるし、もしかしたら30という歳をきっかけに新しいものが好きになって、違った嗜好のものが出てくるかもしれない。もうそれは本当に、一期一会の出会いに委ねていることが正解なのかな」
羽生結弦/Yuzuru Hanyu
1994年12月仙台市生まれ。早稲田大学人間科学部通信教育課程卒業。フィギュアスケート男子で2014年ソチ、’18年平昌両冬季五輪2連覇。東日本大震災や度重なる負傷を乗り越えての偉業が称えられ、’18年7月に個人で最年少となる国民栄誉賞を受賞。’20年にジュニア、シニアとも主要国際大会完全制覇の「スーパースラム」を男子で初めて達成。世界初の4回転ループジャンプ成功者で、’22年北京冬季五輪では現行制度で最高難度の4回転半ジャンプ(クワッドアクセル)にも挑戦。’22年7月プロに転向し、’23年2月にはスケーター史上初となる東京ドーム単独公演「GIFT」を開催し、3万5000人を動員した。
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著者:大和弘明/1985年群馬県生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、スポーツニッポン新聞社入社。五輪担当記者として2018年10月から6年以上、羽生結弦の取材を続けている。