ベトナム・ハノイFCの監督を卒業し、東京学芸大学のコーチ就任を発表した元日本代表DF岩政大樹。新たなる挑戦に向けて、己を高め、思考を整理するなかで、栗山英樹の著書『監督の財産』に深く感銘を受けた。
プロアマ問わず、指導者が読むべき『監督の財産』
深遠。ずっしりと重い、この分厚い一冊を読み終えたときの私の感覚は、深く遠い、でした。
深さと同時に遠さを感じたのは、深く考え抜かれた先の、削ぎ落とされたものだけが848ページに凝縮されているからでしょうか。
私はサッカーの指導者です。野球は子供のときの遊び以外、ほとんどしたことがありません。しかし、驚くほどに腹落ちする言葉ばかりが並んでいました。そこに競技を越えた学びがあるのは、栗山さんご自身が自分の経験だけでなく、時代や業界を跨いで様々な分野、人物からヒントを得られてきたプロセスがあるからなのだと感じます。
50ページほど読み進めたところで、私は久々に引き出しから蛍光ペンを探してきました。普段はできるだけ買ったままの状態で保存したい私ですが、この本は違う。今の私の心に響いたところにちゃんと線を引いておかないといけない。そう感じたのです。今ではビッシリ黄色い本になってしまいました。
指導者という仕事を始めて8年、この2年間はプロクラブの監督を経験しました。今は次なるチャレンジのために半年間、自分を高め、思考を整理する時間に充てていています。そんな今の私にピッタリの黄色になった本。今後も何度も引っ張り出しては、自分のチーム作りのヒントとしていくでしょう。
“勝ちたい病”だった、あの頃の自分へ
プロクラブで監督をして、いつしか私は“勝ちたい病”に犯されていたときがありました。「勝ちたい、勝ちたい」ではなく、勝つためにやるべきことをやるから勝つ。その時の私に伝えてあげたい言葉です。
「何がなんでも勝つ」という言葉は何も悪いわけではないのですが、何か間違った方向に導いてしまうよな、といつも感じていました。プロだって、いや、プロだからこそ、“勝つためにやるべきことをやるから勝つ”、その思考の順番を持たないと結局勝てない気がしています。
でも、これも”自分が正しいと思った瞬間に間違える”。今後も経験をし、考えて、整理をしていきたいと思っています。
本書を読んで、一番感謝したいことが「自分らしさ」を肯定できたことです。私は監督業をスタートさせたときに、自分の指導スタイルを「愛」という言葉で表現したことがありました。しかし、それを好意的に受け取ってもらえない声もたくさん届きました。
「プロクラブではそんなの必要ない」「11人しか試合に出られないのだから、そのメンバーで勝たせてくれたらいい」。たしかにプロクラブの監督はそういう考えの方が一般的かもしれません。だから、私もそうあるべきなのかもしれない、そう思ってしまうときもありました。
でもやっぱり、(それが正解と言いたいわけではなく)ただ、私の“らしさ”は「愛」をもって全ての選手と向き合うこと。それでいいんだと思うことができました。
新バイブルとともに、新たなる挑戦
サッカーと野球。競技は違えど、と枕詞をつけて語られることってとても多い気がします。しかし、競技が違うからこそ、共通のことが分かったときの価値があるのだと思います。
サッカーの話をサッカーで語られてもサッカーの話としてしか受け取れません。しかし、競技を跨いでサッカーも野球も同じ、となれば、それは共通の真理みたいなものかもしれないと考えることができます。
それって指導者として、それぞれに違う一人一人の選手たちに語りかけなければいけないときの言葉の説得力に違いが生まれると思うんです。これから、私はこの本をミーティングのたびに開いて黄色い線を追いかけるような気がしています。